賢くないニュース読解法/議論の苦手な人って何だ


 ライフハック系のホットエントリを見かけると、よーしパパこんなエントリやっつけちゃうぞ、と思って鼻息荒く出かけていくのだが、ぼくの方が何かしら説得されて帰ってくるのがオチだった。ところが、この記事はなかなかにひどい。久々に説得されることが一つもない珍しい記事である。


かしこい人のニュース読解法/議論の苦手な人は何ができていないのか - デマこいてんじゃねえ! かしこい人のニュース読解法/議論の苦手な人は何ができていないのか - デマこいてんじゃねえ!


 実用度ゼロだ。

利害ができれば自然に読むよ

 まず、ニュース読解法なのか、議論の仕方なのかわからない。もちろん、このブロガーは、事件や事象の本質を見抜く技術としてニュース読解法を挙げ、それが議論に役立つというロジックの構成をとっているつもりなのだろうが、それで「なるほどぅ」と思ってくれるのは、ニュースの読み方がわからない学生くらいなものである。


 社会人になると、自分の働く業界のことをフックにして、ニュースを読むようになる。自分への利害がそのままニュースを読む目になってくる、という至極単純なものだ。関心のあること、知りたいと思っていることは、自然とあれこれ読むようになる。そしてそこを基盤にしながら、読む領域が広がっていく――実に単純なしくみであるが、そのフックがないのが学生という存在だ。NPOとか社会派系のサークル活動をしていたら話は別だけど、ふつう、働いていない学生にとっては切実な利害がないことが多い。だから就職活動を前にして「ニュースの読み方」などという抽象的な技術を渇望したりすることになる。*1

 だからニュースをわかるようになりたいと思ったら、何でもいいから関心のあることばかり追っていけばいい。好きならほっといてもそうなるけども、そんなに政治や経済のことには興味がない、という人は意識的に、つまり無理やっこに追いかけていくという努力をすればいいのだ。少しわかってくると、それがベースになって次第に範囲が広がってくるのである。



 ニュースをいま・過去・未来で分けて読解するなどというのは、まあそういうことが大事になる局面がないとは言わないけど、ニュースを読む際のものすごく一面にすぎない。分析は有効な方法であるが、ここに書かれたのは、その手法が化石化してしまった分類学的手法に似ている。分類は分析ではない。


 たとえば、ぼくのまわりで、政治には何の興味もなかったお母さんで、東日本から原発事故をうけて避難してきた人がいるけど、放射能とか原発にぐんと詳しくなった。ぼくから見ると間違っていることも多いけども、ニュースを読もうとする意欲やエネルギーはすごい。
 こういう人にとって、ここに書かれているような「いま・過去・未来」という視点は果たして有効だろうか。


 次のようなニュースがある。

【放射能漏れ】長野の焼却灰からセシウム - MSN産経ニュース 【放射能漏れ】長野の焼却灰からセシウム - MSN産経ニュース



 このニュースを読み解くために必要なことは、「いま・過去・未来」などという分類よりも、

セシウム134は最高1キログラム当たり1890ベクレル、セシウム137は2050ベクレル

ということがどれくらいの値なのかということを理解する知識ではないのか。仮に、となりの埼玉県では焼却灰からヨウ素が5万ベクレル検出された、という「過去」の報道と比較しても、読み手は何の読解もできないだろう。*2もちろん何かのこじつけをして、必要な知識を「いま・過去・未来」というフレームの中におさめることはできるかもしれないが、それはもうライフハックとしての「読解法」じゃない。


 結局、何がしかの「勉強」をする以外には読解の方法はない。一定のインプットもなしに「読み解く力」をつける、というのは魔法だ。無理筋である。

 下記の方法は乱暴だが、短期間でフックをつくる勉強法としては非常に有効な方法だ。


Togetter - 「こんな勉強法を待っていた!地下猫先生の「超」勉強法」 Togetter - 「こんな勉強法を待っていた!地下猫先生の「超」勉強法」


僕の推奨する勉強法:1)勉強したい分野の匿名掲示板(僕はYahoo!だった)を1〜2週間ロムする。(2)その分野の基本書(教科書的なものと定評のある新書あたり)を用意する。(3)その板に常駐する弱そうな奴に喧嘩を売る。(4)勝てない時も粘れるだけ粘って、ダメならハンドルかえる。

http://togetter.com/li/70500

 無理矢理「反論し防御してプライドを保つ」というフックを作るのである。

「議論が苦手な人」?

 次に「議論が苦手な人は何ができていないのか」というこの記事の本題については、もちろんここに書かれているような実用度ゼロのクソ煩雑な分類ができていない、などという理由では全然ない。「えーっとこれは正当性だっけ、必要性だっけ」とか分類しているだけでまあ3日はかかると思う。ヒマな人は挑戦してみよう!


 議論が苦手な人は、議論をしてみようと思っていないわけで、議論をしてみようと思ってみないのは、基本的に情報が少なすぎるからである。知らないからしゃべれない/書けないだけだ。


 じゃあ、オレも情報はけっこう持っているのに、他のヤツらにはどうも議論で負けてしまう、という人は?


 仮に情報が同じだとしよう。それなのに議論に差が出てくるのは、議論のうまいやつは、情報を「体系化」しているからである。つまり情報を相互に連関させてストーリーを組んでいるのだ。*3

 体系を組むとなぜ議論に勝てるかって?

 自分と違う主張を持つ相手の議論が出てくる。そしてその議論はたいてい「一理ある」ことばかりなのである。だから、はじめから終わりまでデタラメというわけではない。そのとき、相手の主張を、自分が組み立てた「体系」の一部分に落とし込んでしまうことが議論に勝つコツである。

見田石介『ヘーゲル大論理学研究』 見田石介『ヘーゲル大論理学研究』


 相手の言っていることは一理あるけども、それはこういう条件のときにだけ可能になるんだよ、みたいな感じだ。いい方をかえると、相手の立場に一定の共感を示せるかどうかということ。それもエア共感ではなくて、本当にそれが一理あることを認めることだ。
 一つの立場だけでなくて、幅広い立場を知っていた方が議論には一般的に有利であることは自明だが*4、それは反論に便利だからというだけではなく、世界を説明する「体系」のなかの、いちモメントに落とし込めるからである。

*1:社会人になってもそういうフックができない人は職業上必要がないからだろう。

*2:この埼玉の「報道」は架空のもの。念のため。

*3:こう書くと、まるで無理矢理ストーリーや連関を自分の頭のなかで捏造しているように思えるけども、実は情報というか客観的世界そのものが連関をもち、一定の法則性(ストーリー)をもっているので、それができるのである。というのがマルクス主義者たるぼくの立場だ。

*4:このブロガーも“いろんな立場を知ろうね〜”程度のことは述べている。