『ワーキングプア脱出(得)大作戦』

 『萌え単』全盛期のころ……といっても最近も『元素周期 萌えて覚える化学の基本』が「人気本」「昨秋の発売後すぐにネットで話題になり、3カ月で予想を上回る2万8千部が売れた」「秋葉原の書店では平積みになった」として朝日(09年2月21日、25日)でとりあげられるくらいだから、まだまだ「萌え」は商業的な需要がずいぶんあるということなのだろうが——

——まあいずれにせよ、『萌え単』全盛期のころ、あるサイトで、行政の労働法啓発パンフがカタすぎるので『萌える労働法』をつくったらどうか、と提案し、拙著『オタクコミュニスト超絶マンガ評論』で漫画を描いてもらったきあさんにもこんな絵(下参照)を描いてもらったことがある。

 しかし、これがついに実現した。

 それが本書である。

 書影をみてもらえばわかるが、メイド服、絶対領域ガーターベルトと、セオリーどおり。そして、「ご主人様(はあと)残業代払わんかい!!」というネット掲示板風なアンビバレントなプラカード……。すべての要素がそろっている。

 加えろうて、ただよう性的な空気(萌えにとってはそれは本来的なものであるが)。まず、ペーパーバック。そしてこの黒バックの表紙。どうみてもコンビニで売られているエロ漫画です。本当にありがとうございました。
 実際書店ではみかけず、コンビニでしか見ない(ぼくは、本書を雑誌編集者に教えられ、ファミマ・ドットコムで注文した。ほしい人はこのページの「エキスパート検索」を使うといい)。
 このエロっぽい表紙とたまらないアングラ感がつい深夜のコンビニで、手をのばさせてしまうに違いないあざとさだ。

 しかし、表紙はいうまでもなく、ウラ表紙にも「ケータイまんが王国」の広告がのっており、エロ漫画の表紙も散見される。電車でこの本をそのまま読むことにはかなりの勇気を要する。
 「買うときはエロい表紙が読者を吸引するが、買った後はただちにその表紙は所有者の見栄にとって急速に邪魔者に転化する」「表紙のエロさで購買意欲を喚起する力と、表紙のエロさ故に購買後の所有を考えると購買を躊躇する力は拮抗する」という法則(エロ表紙の法則)どおりだ。ちなみにエロ表紙の法則をふまえて本をつくる場合は、表紙はマジメにして、着脱可能な「オビ」にエロいものを描けばいいという新技術があることを出版関係社のみなさんはお忘れなく。

 本書には長短12の漫画が収められており、行政啓発漫画では絶対不可能な「萌える」系のグラフィックが勢揃いである。そのほとんどにメイドが登場するという手のこみようである。まあ、つっても本当の萌え絵というわけでもないんだけどさ。

 だが、内容はまったくあなどれない。

 

▲こんなアホっぽいシーン満載。これはゲームと萌え要素の配置というか何というか。(本書p.114・作画:よこやまなおき)

 

▲本書p.76/作画:渡瀬のぞみ



 どの漫画も解説的ではあるが、どうやって労働法の中身を漫画らしく伝えようかと工夫がこらされている。闘争体験記(ゴスロリ・ブランドでの争議)、クソゲーやクイズ仕立てにしたもの、プチ・ラブコメふうにしたもの、『まりあ・ほりっく』的な「女装美少年」モノ、謎の包帯少女……などである。

 そして、「給料」「休暇」「解雇」「労災」などというふうに章が分かれ、章ごとに漫画ともに、詳細でわかりやすい解説がついている。

 さらに、雨宮処凛松本哉湯浅誠などのインタビューが載っているし、ゴスロリ・ブランドで争議をしている岩上愛や、マクドナルドでバイトの有休をかちとって現在共産党議員をしている斎藤ゆうじのインタビューもある。

 250ページをこえるが、たいへんハンディで、しかも価格は420円と安い。

 ぼくが一番大事だと思ったのは、この本が若い非正規労働者の労働実態に即して内容が描かれているということである。もちろん漫画のセンスも(そして表紙や販売場所も)そこにできるだけ添おうという努力が本当によくなされている。

 「世界」08年10月号には遠藤公嗣、河添誠、木下武男、後藤道夫、小谷野毅、田端博邦、布川日佐史、本田由紀らが「若者が生きられるために」という共同提言をおこなっている。その提言の大きな柱の一つが労働者保護法制の市民への啓発なのだ。
 そしてその中では次のように指摘されてる。

〈学校教育は、生徒・学生が正規雇用の労働者となることを暗黙のうちに想定し、正規雇用労働者となった後の企業内教育に仕事能力教育をゆだねてきた。しかし、多くの若者が学校卒業後に非正規雇用の労働者となる現状に、これまでの仕組みは不適当となっている〉(p.161)

〈教育内容の留意事項としては、(1)中学生と高校生が現に従事するアルバイト労働の状況を念頭におき、権利内容が具体的であること、(2)権利侵害があったときの実効ある権利回復手段を教育すること。すなわち、個人加盟ユニオンなどの労働組合の存在や機能、公共サービス(総合労働相談コーナー、労働基準監督署労働審判)などの活用の仕方を教授することである〉(p.162)

 ぼくは昨年(08年)12月に福岡市にたいして、若い人への労働法の啓発パンフを普及することをかなり具体的に要求する交渉にくわわった。
 福岡市は「働くあなたのルールブック」というパンフレットを配布しているのだが、当初これは行政のセンターなどにひっそりと積まれているだけだった。これをぼくらの運動や共産党議員の追及で、3千冊から5万部に大増刷し、配布場所も成人式や高校で配ることを約束したのである。

 だが問題は中身なのだ。
 行政の書いているパンフはどうしてもカタい。くわえて、普遍的な労働形態を想定するので、どうしても「正規雇用」が前提されてくる印象が強い。ましてや「中学生と高校生が現に従事するアルバイト労働の状況を念頭におき、権利内容が具体的であること」「権利侵害があったときの実効ある権利回復手段を教育すること」という点では、非常に弱い。

参考:東京都「ポケット労働法2008」
http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/siryo/panfu/panfu05/index.html

 この点で、『ワーキングプア脱出(得)大作戦』はどうか。
 冒頭に「給料」の章があるが、これははっきりと「バイト」に照準をあわせている。そして「バイトだから残業代などない」「休憩中に雑務を頼まれる」「グラスを割ったときに給料から天引きされる」などバイトが遭遇する「労基法違反」の具体的な実態が展開されている。
 包帯メイドが登場する「キズだらけのウエイトレス労災講座」は、アルバイトの労災にたいし、いかにも使用側がいいそうな言い分を細かくこれでもかと反論している。実際にバイトをしていて遭遇するのは、そんなネチネチした、そして一見もっともらしい使用者側の「言い訳」なのだ。行政パンフが通り一遍ですませている「権利の羅列」ではこの現実に太刀打ちできない。まさに、「中学生と高校生が現に従事するアルバイト労働の状況を念頭におき、権利内容が具体的であること」という共同提言の中身そのものである。

 さらに、「権利侵害があったときの実効ある権利回復手段を教育すること」という点では、本書の「ボクたちの闘争実録」が非常に参考になる。訴えて成功した例だけでなく、泣き寝入りしてしまったケースや、うまくいかなかったケース、あるいは抗議しにくい雰囲気について角度をかえて紹介している。
 そして、「すなわち、個人加盟ユニオンなどの労働組合の存在や機能、公共サービス(総合労働相談コーナー、労働基準監督署労働審判)などの活用の仕方を教授」しているのである。

 行政で、労働法の啓発にたずさわっているみなさんに申し上げたい。

 ぜひとも本書を労働啓発パンフとしてすべての中高生に配布すべきである。それができなければ、本書を参考にして独自に作成すべきである。