福満しげゆき本人の自伝的漫画。
工業高校を中退。女性にも縁がない。
送る漫画もボツ。「まったくホントにぜんぜんダメだった…」。
「僕はそもそも何が描きたいとかそーゆうのが無い
どーゆう根拠で自分がマンガ描けると思ってたんだっけ……?
うわっ…………根拠
ないんだ……」
「高校の下校時間はイヤだな
同世代の楽しそうな姿を見るのは辛い……」
「17才で社会に出ようとして失敗して
また高校に入ったけど
ハタチの今ならどうなんだ……
……たぶんムリだ……
歳の問題ではなく
僕自体がアホみたいに弱いんだ……」
終始こんな調子。
表紙の絵柄をみてもわかると思うけど、「現代人の不安」とでも絵画タイトルをつけられそうな神経症的表情をたえずたたえている。目のしたのクマといい、下がった調子の目や眉毛といい、それらがひとコマたりとも晴れやかになることはない。
しかもそれは絵柄だけではなく、内容もセリフも、「他人と比較しての自分のダメさへのコンプレックス」とか「つまらないプライドを誇示しようとして失敗」などといった内容が満載である。
ピザ屋のバイトからバイクで帰る途中に車にはねられ、ボンネットに乗って助かった主人公は、家に帰ると同居人の同級生がかわいい彼女を送っていくところだった。同居人のいない部屋に入るなり、主人公はゴミ箱をあさり、コンドームを発見する。
「それからというもの
なんとなく居づらくなってしまった……
ねたみで……」
というモノローグのあと、
「僕がボンネットに乗ったその瞬間に……
あいつは射精したに違いない……」
やっと女性と知り合ったかと思うと、酒に酔って正体がなくなってセクハラみたいなことをしたり、あげくにストーカーだといわれて「あなた怖いの!!」などと絶縁の電話をたたきつけられる。最低である。
全編を主人公の内心のつぶやき、しかもこんな情けないつぶやきが覆いつくしている。
学歴もなく、女性にも相手にされず、頼みの漫画も評価されない――なんの支えもないのに、プライドだけは高いから焦燥だけは人一倍。
なんと痛い漫画だろう、とひとは思うにちがいない。
実際、ブログをいくつか見てみると、痛くて読めないとか辛すぎるという感想が多い。
しかし、少なくともぼくはそうではなかった。
かなり面白い、もっとはっきりいえば、笑える漫画なのである。
初回読んだときも声をあげて笑ったし、その後もくり返し電車の中や部屋や喫茶店で読んだが、いつ読んでも可笑しい。そして読むほどに笑えるのである。
酔って記憶をなくし、気にかかっている女性にからんだあとで主人公が女性に電話をかけるシーンがあるのだが、本人は部屋のはじのほうで壁のほうをむいてかがんで電話をかけている。それをまったく別の自分が、天井からながめている。
「すごく……
客観的に自分が見えてるぞ……
ずいぶん下の方の遠いところに自分がいる感じがする」
このくだりは、離人症とかそういった精神医学的な言葉を思い出させるのだが、そうした病的な空気をまといながら、福満は自分の客観視、そして徹底した客観描写をすすめていく。このコマにその方法が象徴的に表されている。
主人公は女に電話で問う。
「お…オレのこと嫌いなの?
あのさ…オレのこと嫌いなの?」
天井から眺めているもう一人の主人公がツッコむ。
「うわぁ!! それはやめたほうがいい!」
このやりとりに、読んでいるぼくは、いたたまれなさを感じつつ、声をあげて笑った。
つげ義春的な過剰な描き込みようが、みじめさをいっそう際立たせ、それを福満の不安げな表情が加速させている。
しかしこの過剰とも思えるほど密度の高いコマ群と、神経症的な説明調のセリフは、福満の客観主義的な精神をよく表しており、この作家はある意味で相当に冷静な客観視ができ、計算もしているということがわかる。
とくに自分の通う定時制高校で柔道部をつくったり、自分でボクシングジムに通うエピソードも出てきて、「僕は 理屈から入るタイプ」というモノローグもあるように、スポーツの説明はとりわけ的確である。科学的な解説を読んでいるかのような心地よささえある。
なんのかんのいって、福満はこうやって漫画をくり返し雑誌にも掲載しているし、単行本も3冊出している。そして最初の工業高校はドロップアウトしたものの、定時制高校、大学といった具合に、実現させているのである(そして異性との関係でも……)。漫画では相当のダメ人間のようにして描いているが、よくよく数え上げてみれば、かなりの努力家であり上昇志向の持ち主だとわかる。だからこそ、他人とのギャップに苦しむのであろうが。本当に「ダメ」であれば、それすらも気にせず日を送るであろう。
短編集『まだ旅立ってもいないのに』のほうも読んだのだが、こちらはそれほど面白くない。いったん現実からうきあがってしまうと彼の漫画は何の根拠もなくなってしまう感じだ。
さきほど、福満の本作中でのスポーツ描写の心地よさを描いたのだが、こうした分野の方が彼のよさが光るのではなかいと思う。ここに出ているものそのまんまだが、定時制高校のクラブ活動の話なんかを、大人が読む人気雑誌あたりで連載したら、ものすごい反響をよぶかもしれないなあと感じた。