第68回ちばてつや賞大賞になった中島佑『ODD FUTURE(オッドフューチャー)』を読んだ。
http://www.moae.jp/comic/chibasho_oddfuture
サイトに紹介のあるとおり、
かつてお笑い芸人を目指していた清水は、同期の芸人に借金をして姿を消した。金の使い道はなんと「アイドル」。なぜ彼は芸人の道を捨てアイドルオタクとなったのか……!?
というのが粗筋というか設定である。
担当編集の「一言」がこの作品の評価として端的だ。
ダメダメに見えた主人公が最後にはすごいやつに見える演出も素晴らしい。
読者にとって清水の評価の転機になるのは、「清水がすげー妬んでた同期…」売れっ子の「プライマル」というコンビの家田が、相方から
前から言おうと思ってたけど
お前の作るネタさ
清水の影響
受けすぎじゃない?
と言われるシーンである。
ブレイクしているコンビが実は主人公の才能を買っていた、という展開。
んで、このときの思い出すコマで登場する清水がイイ。
出典: http://www.moae.jp/comic/chibasho_oddfuture
なんだこれ(笑)。
輝いているでもなく、努力して汗まみれになっているでもなく、かといって情けないわけでもなく……。腕を中途半端に垂らしてぼーっとしている感じ。清水はピン(単独)芸人というから、舞台でネタをやっている最中のイメージなのかもしれないけど。
この脱力しきったコマに貼付けてある
清水の影響
受けすぎじゃない?
というセリフは、汗まみれでアピールしているのでもなく、実は輝いているでもない、そんな清水が自ずと売れっ子コンビの根底にまで影響を与えてしまっているという「自然な清水のすごさ」みたいなものを読者であるぼくに説得させてしまう。この脱力のコマがとても好き。
こっからネタばれするので、承知して読んでほしい。
この作品は、よく考えると「実は才能があった主人公が、最後は挫折をしなかった」という物語である。
最近の「イタい」マンガは才能もないし努力もないのに夢をあきらめきれない、というような設定が多いのだが、本作はそうではない。
夢をあきらめきれない人たちにとって、どこがリアルなのかというと、「自分は才能があるかもしれない」という気持ちが自分の中にどこかあるからである。んで、実際にそう思える根拠、たとえば誰かにホメられたとか、とてつもなくいいステージが1度でも2度でもあったとか、そういうものがあるからこそ、「自分は才能があるかもしれない」と思えるのである。
そして、その夢は「プライマル」の家田のように大ブレイクすることではなくて、ひょっとしたら、清水のように、細々とだけど深夜枠で出られて、しかもそれは自分が生活をし、借金を少しずつでも返せるほどの「需要」、世間への求められ方かもしれない、という形で提示することがリアルなのだ。
何かにしがみついて夢を追っている人の中にひそんでいるのは、この作品のような自己評価であり、その背中をこの作品は押してくれている。
あなたには才能が眠っているんだよ、あなたの夢は小さくてもみっともなくてもがんばればかなえられるかもしれないよ――こう書けばなんと陳腐なメッセージであり、ありきたりな、キレイごとの物語だろうかと思うのだが、それを泥臭いリアルで示してくれたことにこの作品の良さがある。
はてなブックマークのコメントでも、この作品に希望のような明るさを感じ取ったものが多い。
一重のアイドル
選考の議事録を読むと編集者の中で
実際にネタを見せなくても、主人公の清水はすごいやつなんだ! とどこかで思わせてくれたらいいのに、と俺も思った。
とか
ボケでもツッコミでもなんでもいいから、少しでもそのすごさを実際に見せてくれればよかったな、と。
という意見があって、気持ちとしてはすごくよくわかるんだけど、まあ実際に描いたら逆に清水のすごさが失われてしまうよね。ある層にはすごくウケても、別の層には「なんだ、こんなもんか」みたいに。よくマンガで「すごい絵画」を表現するシーンが「真っ白」だったりするけどああいう感じ。ちょっとがっかりするけど、描いたらもっとがっかりする。
そして清水がハマるアイドルについて、担当編集は
一重まぶたのアイドルをここまで可愛く描写できるのは、すさまじいの一言
と描いている。ぼくもこの藤野すみれに見入った。山口百恵みたいなんだよね。『ファンタジウム』にでてくる山口忍は、同じ「山口百恵似」でも、「一重」という点ではなくて中性的な魅力だったけど、この藤野すみれはもっと女性としてのセックスアピールがある。
いいもんを読ませてもらった。