11月14日の東京堂書店における、ぼくと斎藤美奈子さんとのトーク&サイン会には、参議院議員衆議院議員*1の有田芳生さんも来てくれていた。
有田さんはもともと斎藤さんのファンでもある。同時に、最近読んだ拙著『正典で殴る読書術 「日本共産党独習指定文献」を再読する』をお読みいただき、「独習文献」を懐かしく思い出して、対談を聞きにくれたと伝えてくれた。
有田さんは楽屋を訪ねて来られた。私とも斎藤さんとも初対面で丁寧な挨拶をいただいた上で、二人に、ご尊父・有田光雄さんの近著『未来に生きる 「老コミュニスト」の残し文』(花伝社)を献本してくれたのである。
帰りの新幹線で一気に読んでしまった。
目次は次のとおりである。
第一章 私のスターリン体験
第二章 草の根の共生
第三章 京都民主府政の歴史は不滅
第四章 「天王山」麓のW勝利を語る――小さな町の大きな快挙
第五章 政治対決の弁証法について

私のスターリン体験
個人的にはこういう境遇なので、どうしても第一章が強く印象に残った。
あの頃の党員たちがスターリンをどう受け止めていたかは、今しか聞けない。
そして、恥ずかしながら高杉一郎の『極光のかげに』『わたしのスターリン体験』は読んでおり、『正典で殴る読書術』でも引用している。
しかし『征きて還りし兵の記憶』は未読であった。
『未来に生きる』には、高杉の『征きて還りし兵の記憶』の一文が引用されている。
以下は有田光雄氏の『未来に生きる』p.18〜19の引用である。
四年前シベリアに抑留され一九四九年八月に帰還した高杉一郎(1908〜2008年)は五〇年に『極光のかげに——シベリア俘虜記』(現在は岩波文庫)を書いた。
高杉は、六年半ぶりに東京・駒込林町に旧知の宮本百合子(1899〜1951年)を訪ねた。
彼女は私の『極光のかげに』をとりだしてきて、そこに書かれているシベリアのことをつぎつぎと訊きはじめた。驚いたことに、彼女が最後に口にしたことばは“やっぱり、こういうことはあるのねえ”というつぶやきだけだった。(…)階段を降りてくる足音が聞こえた。(…)戸口いっぱいに立っていたのは、宮本顕治だろうと思われた。(…)いきなり、“あの本は偉大な政治家スターリンをけがすものだ”と言い、間をおいて、“こんどだけは見逃してやるが”とつけ加えた。私は唖然とした。
『未来に生きる』を読んだ後、有田芳生さんも何度かXにポストされていることに気づいた。
議員会館に斎藤洋太郎さんから手紙が届いていた。高杉一郎さんの『征きて還りし兵の記憶』(岩波書店、1996年)からのコピーが同封されていた。高杉さんが宮本百合子宅を訪問したときの追想だ。久しぶりに百合子と面会し和やかに話をしているとき2階から宮本顕治が降りてきた。高杉さんがシベリア体験… pic.twitter.com/OIvqztJXtr
— 有田芳生 (@aritayoshifu) 2025年5月8日
『征きて還りし兵の記憶』は、博多に到着するなり本屋に行ったがなく、図書館で借りて読んだ。
「有田節」
有田芳生さんではなく、有田光雄氏とはぼくとも多少の「縁」がある。
大学が京都であったので、有田光雄氏は候補者としてよく演説・講演を聞いたのである。*2
本書にも「有田節」(p.121)という言葉が出てくる。2018年の大山崎町での演説がそのまま載っているのである。
「有田節」とはよく言ったもので、有田光雄氏の演説は学生の活動家の間でもよく口真似されていた。
ちょうど天安門事件の頃、それを利用した自民党の議員が街頭で反共演説をするのだ。日本共産党と中国共産党は同じだ、日本共産党の宣伝カーをみたら天安門を血で染めたあの戦車だと思え! と絶叫するのである。当時は消費税導入で大反対の世論が形成されていて、自民党は大逆風が吹いており、社会党・共産党の候補への大変な追い風が吹いていたのである。
しかし、そこに天安門事件が起きたので、自民党はこれ幸いとばかりに共産党を押さえ込むのに大いに利用した。「消費税取られても、命取られるよりはマシではありませんか!」と。
それで有田光雄氏は共産党候補として、こうした自民党の演説を厳しく批判したわけだが、その自民党の演説を真似して街頭で批判するのである。「『「消費税取られても、命取られるよりはマシだろう』とばかりに…」とケレン味たっぷりに紹介したのを、学生活動家のうちで真似していたのをよく覚えている。真似の真似である。
全般的危機論の削除
スターリンの情勢認識をベースにした「資本主義の全般的危機論」を日本共産党は第17回大会で綱領から削除したのだが、その時有田光雄氏の大会での発言も覚えている。本書にその発言が全文掲載されている。*3
オストロフスキー
本書の冒頭にオストロフスキー『鋼鉄はいかに鍛えられたか』が掲げられている。同書はぼくが『正典で殴る読書術』でも紹介した一冊である。有田光雄氏は
わたし達の青春どまんなかで魂をつかんだ文学作品(p.1)
と書いている。
解説でも有田芳生さんが結び的に言及している。
「はじめに」で引用されたオストロフスキーの『鋼鉄はいかに鍛えられたか』は、父の世代から私の世代までよく読まれ、励まされてきた。(p.154)
それを見ても、この作品が日本共産党員だった人たちの精神にいかに深く影響を与えていたかも改めて感じたのである。


