2月のドイツ総選挙で、左翼党が躍進した。
左翼党議員であるハイディ・ライヒネックが、極右との協定を結ばないとしてきた戦後ドイツの伝統を大政党であるメルツの党(キリスト教民主同盟)が破ったことを厳しく批判した国会での演説がSNS(Tiktok)で大反響を呼んだ。それが躍進の大きなきっかけだったとされる。
https://www.tiktok.com/@heidireichinnek/video/7465441176250748183
ライヒネックは腕にタトゥーを入れている。ローザ・ルクセンブルクが刻まれているのである。それほどまでに「筋金入り」なのだ。
日本共産党は、参政党の躍進を一つの契機にして、最近の5中総で「排外主義、極右的潮流に対して断固としてたたかいます」との方針を掲げた。
志位和夫自身が数ある5中総の政策の中でも、わざわざポストをするほどの力の入れようだ。
外国人を敵視する排外主義の台頭を許してはなりません。こうした排外主義は、やがてその矛先が国民にむけられ、国の破滅をもたらしたことは、歴史が証明しています。日本共産党は103年の歴史にかけて、排外主義、極右的潮流と断固たたかいます。
— 志位和夫 (@shiikazuo) 2025年6月28日
もちろんぼくもそうした方向自体に異論があるわけではない。
ただ、それは日本の土壌・風土や経過に照らして、どんな形で行われなければならないかには、創造的な探究が必要であるように感じる。
ドイツ左翼党の経験をそのまま引き移す形でうまくいくのか、少なくともその「形」を示さずにスローガンを掲げるだけでうまくいくかは疑問のあるところなのだ。
そこで、ちょっと見当違いのように思えるかもしれないが、日本の部落解放運動の歴史に学ぶことがあるのではないかということを考えてみたい。
戦前の水平社運動を日本共産党はどう評価してきたか
部落問題(同和問題)について、戦前の水平社運動の問題点を日本共産党はどう評価していたか。
水平社は「吾々に対し…侮辱の意志を表示したる時は徹底的糾弾をなす」(創立大会決議)ということで、ほとばしるような「差別糾弾闘争」を全国的にくりひろげた。この「差別糾弾」は、差別は許さないという出発点としては理解できるものであったが、そのほこ先を主に一般国民に向けるという誤った傾向をもっていた。その理論上の大きな問題点は、部落民対非部落民という図式にながれ、人民同士の団結の観点を欠いていたことである。(「部落解放のいくつかの問題」/1975年5月26、27日付赤旗/『日本共産党と同和問題』所収p.129)
戦後、部落解放運動のシンクタンクだった部落問題研究所も似たような総括をしている。
水平社運動のはじめのころ、差別糾弾のたたかいが、しばしば人民同士の不幸な対立をひきおこしたのは、なによりも当時の差別の根づよさを示すものですが、同時に水平社運動を指導する人たちが、目の前にある一ぱんの人びとの差別的な発言や行いだけに目をうばわれ、差別を支えている政治や経済のしくみに気づかなかったからでした。そうしたなかで、差別の根源をつきとめ、水平社のたたかいを労働者や農民のたたかいと結びつけるための努力をしたのは、とくに青年たちでした。(部落問題研究所『やさしい部落の歴史 改訂版』部落問題研究所出版部、1971年、p.120)
差別糾弾が主眼ではなく社会構造の改革を訴える
このような運動の歴史から、一般的に、というのではなく日本共産党や左翼はどのような教訓を学ぶべきだろうか。
表面に出てくる差別意識や言動にだけ目を奪われて、それを生み出す社会構造の改革を忘れてしまう・おろそかにしてしまう誤りというのは、他にもジェンダーにおける不平等や民族差別のような問題についても応用できるかもしれない。
かつてマルクスは「宗教は民衆のアヘンだ」と言ったが、それは宗教批判ではなく、宗教批判の批判——宗教批判をして喜んでいる左派連中を皮肉った言葉であった。アヘンとして宗教にすがる民衆に対して、宗教やそれにすがったりすることを批判するんじゃなくて、そうせざるを得ない社会構造そのものを変えろよ、と。
もう四半世紀前に米国のバークレーで買ったマルクスTシャツ。
— 紙屋高雪 (@kamiyakousetsu) 2025年5月20日
裏に「宗教は抑圧された生き物のため息であり、心ない世界の心であり、魂のない状態の魂である。 それは人々のアヘンである」というマルクスの『ヘーゲル法哲学批判序説』の有名な一文入り。
宗教批判ではなく宗教批判の批判なんだけどね。 pic.twitter.com/BPCX66fqGL
「排外主義や極右勢力とたたかう」といった場合、例えば行政や議会など政治の表舞台で対決し、そのような施策や決議を許さないことは確かにあるだろう。
しかし、それは物事の一側面でしかなく、むしろそのような差別意識を生み出したり、差別的な潮流を支持するような社会構造そのものを改革していくということが「たたかい」の主戦場ではないだろうか。
古谷経衡の次のような支持層の考察は、表面的に言説と格闘するのではなく、支持層が何を考え、何を求めているかをよく研究した上で、そこに応えることこそが実は最も大切な「排外主義とのたたかい」であることを示すものではなかろうか。
緊急避難としての行動や差別的言動に対して説得的に諭すことなどは、ありうる行動の一つであるが、社会改革という本丸を忘れて街頭やSNSで激突を繰り返すことはむしろマイナスのように思われる。
共産党自身がSNSについて「X上の論争は分断と対立を煽ることに利用されます。告知のSNSとして割り切りましょう」と警告している(10分12秒ごろ)。
部落解放運動において、日本共産党やそれと共同歩調をとってきた運動は、暴力的な「差別糾弾」に与せず、まして同和対策事業の「利権」化と対決することで一般市民の信頼を得るとともに、現実に同和地域の社会構造の大きな改善を勝ち取ってきたし、差別解消をすすませてきた。このことに学ぶべきだろう。
「目の前にある一ぱんの人びとの差別的な発言や行いだけに目をうばわれ」、差別糾弾闘争に血道をあげるのではなく「差別を支えている政治や経済のしくみ」を変えることに力を入れるのが「排外主義や極右勢力とたたかう」ということの本体のはずである。
むしろそれを支持している人を包み込んでいくような言論や運動の提起こそ求められているのだと言える。
共産党幹部など政治的なリーダーに必要なことは、その関係や道筋を明らかにすることだ。そうでなければ「排外主義、極右的潮流に対して断固としてたたかいます」という「たたかい」の意味を現場ではきちがえていく危険が大いにある。
「激突」の頻度や程度が「闘争」しているかどうかの尺度となり、より多くの、より目立つ激突をしたものが「闘争」をしている証となり、どうかすればその激突度メーターで闘士としての等級づけをし、マウントしあうなどという、本末転倒な風潮が蔓延することを深く危惧する。
「正義というのは、何かやっつけてしまうことじゃない」
6月27日付の「しんぶん赤旗」の1面コラム(潮流)に、やなせたかしの言葉としてこう書いてあった。
正義というのは、何かやっつけてしまうことじゃない。いま困っている人を助ける。助けられる方の身になって助ける。それが、正義だと思うんですよ―▼漫画家の、やなせたかしさんが旧知との対談で語っていました。相手は共産党の衆院議員を長く務めた山原健二郎さん。ふたりは同じ高知の出身で戦後、地元の高知新聞に同期入社した友人でした
いいこと言うなあと思った。また、呼応する山原も、歴史上共産党として小選挙区で当選した経験のある3人しかいない政治家の一人であることもあわせると、分断を煽るのではなくむしろ支持と共同をとてつもなく広げていった実績の持ち主だけに、この発言は感慨深いものがある。


