コロナ禍での持続化給付金などの対象から性風俗事業者を排除したのは、憲法違反だとして、デリヘルの事業者(会社)が国などに支払いを求めた裁判の件。東京地裁は合憲判決を出した。
訴状・書面、そして判決文は、以下にある。
\東京地裁判決文、アップしました/#セックスワークにも給付金を!訴訟
— CALL4(コールフォー)|「声をあげる」を応援する 公共訴訟プラットフォーム (@CALL4_Jp) 2022年6月30日
遷移先の下部に「判決全文」をアップしています。なお、原告は即日控訴しました。#東京高裁では健全な判決を‼️#私たちは声をあげる
▼地裁 > 主張・判決 > 裁判所
https://t.co/8zG5SmFQEO pic.twitter.com/tNIWWgSlYj
この裁判の訴状の中(p.22)にも出てくる「ナイト産業を守ろうの会」は、福岡市議会でも2020年に請願を出したことがある。ぼくはこの時の市議会の請願審査を傍聴した(委員会ではなく本会議)のでそれを思い出した。
https://gikai.city.fukuoka.lg.jp/wp-content/uploads/2020/05/seigan_02131.pdf
請願は、「ナイト産業」(キャバクラ、ホストクラブ、バー等の飲み屋から性風俗やラブホテル等)に対し補償その他の給付を行うことと市独自の給付を行うよう求めている。
この請願の紹介議員が上のURLの文書に書いてあるが、紹介議員になったのは、日本共産党(倉元・中山・松尾・山口湧・堀内・綿貫)と、緑と市民ネットワークの会*1(荒木・森)のみであった。
そして、この請願の委員会での審査は「不採択」とされた。この委員会による「不採択」という結論についての賛否が本会議で問われることになった。
各会派はどう判断したかが以下の通りである(福岡市議会ホームページより)。
請願不採択に反対、つまり「請願を採択しろよ」と主張したのは、紹介議員になった共産党・緑ネット、そして市民クラブ(立憲民主・国民民主・社会民主などの議員が集まった会派)のみだ。自民党・公明党・令和会(維新含む)は不採択の立場に回った。
請願採択を求める共産党(綿貫英彦議員)の討論がある。
そこではこのように訴えている。
私は日本共産党市議団を代表して、ただ今議題となっております2年請願第13号、「ナイト産業への補償について」に賛成して、討論を行います。
新型コロナウイルス感染症が拡大する中で、市民生活に重大な影響が及んでいます。とりわけ、所得が低く貧困にあえいでいる人には大きな打撃となっております。昨日経済振興委員会で本請願についての審査が行われた際、請願者は冒頭に次のように述べました。
「中洲のナイト産業というと眉(まゆ)をひそめる方もいますが、そこで働いている人たちは、幼い子を抱えたシングルマザーなど生活のために一所懸命な方ばかりです」。「風俗店に従事する女性たちは、シングルマザーであったり、親の借金を返済するため等様々な事情を抱え、やむなくこの仕事をしている人が多いのが実情です。もちろん貯金に回す余裕などありません。そのような事情を抱えた女性たちが、世間に対する後ろめたさを感じながら感染リスクを承知の上で、生活のために身を削って働いているのが実情です。私のもとには、女性たちから、泣きながら『生きているのが辛い、どうすれば楽に死ねるかな?』『リストカットをした』という相談が毎日のようにたくさん寄せられています」。
――このような訴えでした。
性風俗産業で働いている人たちは、もっとも保護や手立てが必要であるにも関わらず、これまで公的な制度から締め出され、政治の光が当てられてきませんでした。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための学校臨時休業に伴い厚生労働省が新設した助成金で、風俗業などで働く人たちが対象外とされていたために、「職業差別だ」という非難の声が国民の多くから沸き起こり、厚生労働省がこの方針の見直しに追い込まれたのは、つい先日のことであります。この見直しは、学校の臨時休業だけでなく、事業所が業績悪化をした場合に支給される雇用調整助成金にも適用されることになりました。このような差別が公的な制度のあちこちに残され、現在のような緊急時にはその差別がこうした人たちを苛(さいな)んでおります。
今回、請願では、ナイト産業に対して休業の補償などの給付、とりわけ働く人に対する給付を国や市に求めております。現在、福岡市の休業支援や国の持続化給付金は事業者に対するものであり、働いている女性への直接給付ではありません。また、先ほど述べた雇用調整助成金についても適用されにくい現状があります。
風俗店で働く女性スタッフの多くが業務委託契約に基づく完全歩合制となっています。そのため、接客数がゼロであれば、店に待機していても、その日の報酬はゼロとなります。
業務委託契約といえば、建設業でいうところの一人親方のようなもので、女性スタッフひとりひとりが個人事業主という扱いとなります。こうした場合、彼女たちは雇用調整助成金を受けることもできません。また、個人事業主にも支給される持続化給付金についても風俗業は対象からも除外されており、受け取ることができません。
事業所への公的な融資についても、国・市ともに性風俗業は対象から外されており、事業所を通じて女性たちにお金が渡るルートも塞がれているのであります。感染拡大を防止する立場からパチンコ業が国の融資対象として新たに認められたことと比較しても、あまりに不公平です。これらの業界は国や市に納税しています。税金だけは納めさせておいて、給付や融資からは締め出すというやり方は、およそ許されるものではありません。
さらに、彼女たちが、社会福祉協議会の緊急小口貸付などの制度を利用するにしても、手渡し日払いのため、源泉徴収票や給料証明書などの収入を証明する資料がなく、事実上これらの制度の利用ができません。感染拡大を防止し、市民生活を守らねばならないというこの非常時に、さまざまな理由をつけて性風俗にたずさわる女性たちを差別する現状を変えなくてはなりません。
私ども日本共産党は、綱領でジェンダー平等社会の実現を掲げ、女性の独立した人格を尊重し、女性の社会的、法的な地位を高めることをうたっております。もっとも苦しみ、光の当たってこなかった女性を緊急に支援するために、本請願を採択することを強く訴えるものであります。
このとき、「業種によって差別なく公的融資を受けられる手立てを講じることを求める意見書案」が同時に提案された。
これは市民が提出するものではなく、市議会議員が議会に提案する意見書である。
https://gikai.city.fukuoka.lg.jp/wp-content/uploads/2020/05/iken_02021.pdf
「ナイト産業」関係の人たちの請願にあわせて、市議会議員がまた別の意見書を提案したというわけだ。
意見書案は次のように訴えていた。
政府は臨時休校に伴う休業補償の対象から、ホステスや風俗業で働く保護者を除外していましたが,「職業差別だ」との批判を受け、方針を転換し、認める方向を打ち出しました。融資の場合も、業種による差別があってはなりません。
よって、福岡市議会は、国会及び政府が、日本政策金融公庫の融資の対象となる業種を拡大するなど、法律で営業を許可している以上、事業者に対し業種によって差別なく公的融資を受けられる手立てを講じられるよう強く要請します。
このときの共同提案者は、共産党・緑ネット・市民クラブであった。
これについても採択が行われたが、やはり賛成は共産党・緑ネット・市民クラブのみ。自民党・公明党・令和会は反対に回った。(以下は福岡市議会ホームページより)
福岡市議会での態度に限らず、国会では共産党と立憲民主の議員が当時、「ナイト産業を守ろうの会」と共同して動いていた。
こうした国会や福岡市議会での左翼・リベラル系議員、まあ特に共産党議員の実際の姿を見て、「性風俗業は性的搾取である」という原理論を先に立てて全て切り捨ててしまうのではなく、具体的に目の前で困窮している問題で、やはり具体的に解決策を見出し、共同する、という真骨頂を見た思いがした。
その時のぼくの、いわば「感動」が次の文章になった。
そこでもアナロジーとして書いたのだが、マルクスの理論から言えば中小企業であっても労働者を搾取している。しかし、では共産主義者は中小企業家や中小業者と敵対するのかといえば、そんなことはなく、むしろ一貫して革命の統一戦線の担い手、つまり社会を変えるパートナーとして中小企業家たちと協力関係を結んでいる。「社長」をやっている共産党員は決して少なくない。搾取は法律で根絶できるものではなく、剰余価値を社会がコントロールできるようになった時に、すなわち、社会の仕組みとして搾取を「克服」した時に、初めて「なくなる」のである。法律で「禁じ」ればなくなるというものではない。
法律上の狭義の「強制」や「暴力」については当面厳しく規制をくわえながらも、働いている現場を改善すること、職場をよくしていくことは十分共同できるはずである。
同じことは「性的搾取」でも言えないだろうか? それがぼくが書いた一文の趣旨であった。
AVや性産業においてそれが働いている人にとって「強制」かどうかよく議論になる。お金のために「嫌々やらされている」のだ、という問題だ。*2
それは労働一般に関しても同じで、マルクスは、労働者は自分の労働力商品を「売らざるを得ない」というある種の「強制」的状況に置かれているのであるが、当の労働者は必ずしも「嫌々」労働しているわけではない。もちろん『蟹工船』のような現場もある。しかし、自分の労働に誇りや生きがいを持って労働者が働いていることは非常によくあることである。
「誇りや生きがいをその労働者が感じながら働いていること」と、「その労働者が搾取されている現実」は両立する。
逆に言えば、「やりがいを持って働いているんだ! 『お前は搾取されている』なんて失礼じゃないか!」とマルクスを怒鳴ることはできない。主観的にどう思おうが、学問の目で見て客観的な状況を規定することはできるからだ。
マルクスは、搾取を法律によって「根絶」「禁止」しようとしたのではなく、社会そのものを大きく変えることで解決しようとしたし、また、社会が発展して法則的に解決されるだろうという見通しを示した。
ノンフィクション系のコミックである蛙野エレファンテ『AV男優はじめました』には、筆者(蛙野)が仲良くなったAV女優としっぽりと飲んで話している時に、その女優が、
「騙されて嫌々やらされているんでしょ?」って言う人いるの!(略)
嫌々やってできるような仕事じゃないのに!
と憤るシーンがある(4巻p.122)。
「騙されて嫌々やらされている」と言う人、そうでなく誇りを持ってやっている人、その中間の人――意識の状況では様々であろう。それは労働一般にも言えるはずである。「誇りを持ってやっている」という事実や意識を否定する必要もないし、逆に「騙されて嫌々やらされている」という事実や意識を否定する必要もない。
その上で、性を商品とする産業に対する理論的な評価はお互いに探求すればいい。
だけど、問題は、当の(ぼくをふくめた)共産主義者が、そうした労働・仕事についての根源的な理論的評価がさまざまあったとしても、当面の具体的な問題で共同するという「仕草」が実際に取れるかどうかがものすごく大切なのだと思う。
「中小企業の社長というのは、資本家であり搾取者ではないか!」などと言って、敵対する態度をもし日本共産党がとってきたら今日の日本共産党はないだろう。民主商工会や中小企業家同友会の人たちと真剣に手を組んでいる同党の姿が今日の到達を築いてきた。他方で、労働者を違法にいじめる「ブラック企業」に対しては容赦がない。
そういうような使い分けが性産業でもできるはずであり、このナイト産業をめぐる請願の経緯はその明るい可能性を感じさせるものであった。
『マンガ論争24』における荻野幸太郎・うぐいすリボン理事との対談の際に、左派やリベラルの界隈から紙屋のような立場への反発はないのかという問いに対して、ぼくは次のように答えた。
最近、ちょっとあったのは、セックスワーカーの問題についてですね。セックスワークは絶対駄目なのかっていうことについて同人誌に書いたことがあったんですが、そうしたらセックスワークの容認は絶対に駄目だという反論みたいなものがあった。しかしそれはぼくから見ると性急な感じがするんです。いろいろな立場の学者がいて、考え方も分かれているのに、特定の立場の学者の意見だけを引用して、容認は絶対にあり得ないと簡単にまとめてしまうというのは、キツいなと感じました。(p.35-36)
「セックスワーク(容認)論は絶対にダメ」という原理論を先に立ててしまって、共同の可能性をふさいでしまうのは、あたかも「資本主義的搾取容認は絶対にダメ」という原理論を先に立てて、共同の可能性を否定してしまうことに似ている、とぼくは危惧したのである。
このような一部に生まれた「原理主義的態度」は克服されていくのではなかろうか。政治は根源的な理論の見通しを持ちながら、それと整合性を保ちつつ、共同を広げ、「敵・友」のうちの「友」を広げていく技術である。*3
克服されつつあるし、克服されるに違いない。