アキヤマヒデキ『ボクらはみんな生きてゆく!』1

 ほぼ毎号読んでいるマンガ雑誌スペリオール」の中で、アキヤマヒデキ『ボクらはみんな生きてゆく!』は楽しみなマンガの一つである。そのことは過日も書いた

  「ボクらはみんな生きてゆく!」は、主人公が田舎での生活を始める話だが、今農作物を荒らすシカを駆除するために、免許を取得しようとしている。

 シカを撲殺しようとするがなかなか一撃で殺せずに、何度も何度も叩いてやっと死なせるという、まことにむごい様が描かれている。急所を知らない上に、非力なのである。自然に対して技術的な意味でダメさが、なんだかぼくによく似ていて他人事ではないと思った。

 今回は箱罠にかかったシカを刺殺するシーン。シロウト的な目線がとてもいい。

https://kamiyakenkyujo.hatenablog.com/entry/2020/10/11/170306

 

 

 

 「狩猟」を扱ったマンガとしては『山賊ダイアリー』があるが、同作と比べると『ボクらは…』の第1巻は、動物との知恵比べといった印象が強い。なかなか罠にかからないシカとの知恵比べをして、試行錯誤するシロウトっぽさが読ませる。

 

 …と、さっきからぼくはアキヤマを「シロウト」扱いしてばかりいるが、作中で彼の幼少期を見ると自分の工夫でスズメを獲ったり、魚を捕まえたりと、岡本健太郎と似たような「動物採集」の素養を持っていて、たとえばぼくなどと比べると実際にはおよそ「シロウト」ではない。相当の工夫家である。

 

 『ボクらは…』1巻で興味を持ったのは、村民が狩猟者に対してかけている期待や注文の温度だ。シカの被害で困っているのに、駆除死体が動物に掘り返されると大騒ぎしたりする。

 シカを1頭駆除すると県から5000円もらえるが、アキヤマが駆除したのは月に7頭。それだけでは生活できないので、さらに1頭あたり1000円を「村」から助成してもらえないかと「村の会合」で持ち出すのだが、「村の年寄り」に怒鳴られるのである。

お前 アホか!

1頭につき県から5千円貰おとるやろ!

  それでは足りない、罠の部品・破損のコストからすると逆に赤字なのだ、とアキヤマが窮状を訴えるのだが、

そういうことはな、村のみんなに鹿肉でも配って、ちゃんと根回ししてから言えや!

いきなりそんなこと言うてカネが出るわけないやろ!

 とさらに怒鳴られる。

 なんだこの理屈は。

 その「年寄り」の言うところの「アホか」の「アホ」とは、一体何を指して「アホ」と言っているのだろうか。少なくともアキヤマの描写を見る限りでは、「鹿肉でも配って、ちゃんと根回ししてから」言わなかったことが「アホ」だというのである。

 なんのために「会合」をしているのか。

 大事なことは全て「会合」とは別の「鹿肉でも配って」もらったメンバーへの「根回し」によって決められていて、それを何一つ隠すことも恥じることもなく大声で喚く、この村のセンスに絶望する。

 最近もそうした、“大事なことが会議ではなく別の場で決まる”という話をどこかで聞いたような気がする。五輪とか、ナントカ新社とかで。

 

動物がうまく描けなくても作品として面白い

 グラフィックにおける動物の描写レベルについて一言。

 別に「うまい」というわけではない。

 というか、ダイナミックさがなくて「ヘタ」と言えるかもしれない。

 無機質な目。人形っぽくさえある。

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アキヤマヒデキ『ボクらはみんな生きてゆく!』1、小学館、p.51

 だけど、それでなんの問題もない

 『山賊ダイアリー』もそうだけど、よりによって動物の狩猟を描いているマンガであるが、写実性を基準にした巧拙はこういう作品においてほとんど問題にならない。むしろそうした描写にかけるコストは余計なのではないかとさえ思わせる。

 

作者の自画像

 作者アキヤマはぼくと同じくらいの年代であろう。

 ほうれい線が入ったり入らなかったりする。

 入れると途端に老けて見える。入れないと20代くらいに見える。

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同前

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同前

 その中間を表すグラフィックがこの絵柄ではなかなか開発できないのであろう。(これは他の作品でもぼくはしばしば述べているが)