いつまちゃん『来世ではちゃんとします』

 小さな映像プロダクションで働く、性をこじらせた4人の物語である。それぞれは職場では恋愛関係にならずに、それぞれのプライベートでの性関係が4コマで描かれる。

 最近愛蔵版が出たので、今さらながら読んだ。

 

 

 Amazonの高評価カスタマーズレビューは「絵が下手」というタイプのものなのだが、むしろこの手描き感満載のラフな調子がホンネの空気を醸し出す。往年のこいずみまりを見るようだ。「上手く」描き込んだら逆に台無しである。

 

健全恋愛ライフ 1 (BUNKA COMICS)
 

 

名言多し

 いろいろと名言が多い。

 「相談に乗るってことは問題解決能力のある俺プレゼンじゃ無いんだから」。まずは共感しようよ、と説く、対女性スキルの高いと描かれている松田健が、つい正論を吐いてドン引きされる林勝を諭す。つい最近、こういうこと、俺が言われた。

 風俗嬢の3つのマニュアル。

  1. とにかく容姿を褒める。
  2. とにかく相性の良さを主張。
  3. とにかく「こんなの初めて」を強調。

 風俗に行ったことはないが、そういうマニュアルだと思っても、ぼくならすぐ乗せられると思った。

 とにかくセックスをしてしまう大森桃江が、後ろから男性に声をかけられ、「ナンパかー 疲れてんだ 勘弁してよ」と思って振り向いたら、「身長」「清潔感」「自転車(家が近い)」ですぐセックスを決意し、セックスに誘う。これは単に「お話(虚構)」のはずであるが、こんな単純な要素でナンパが成功するんだぁ…と心にメモしてしまう。特に「清潔感」。

 松田健のヒモ才能。

  1. まず仲良くなる。
  2. 相手にだけ心を開いているように見せかける。
  3. そして生命力のないところを見せつける。「ごめん。俺の家、何もないけど」。

 これも心にメモしてしまう。「相手にだけ心を開いているように見せかける」っていのは、自分が逆にやられそうな気がする。

 桃江「『好きだよ!』とか『君だけだよ!』とか好意がある振りをしないとヤれない男もダサいよな」。現実的にはないけど、もし自分が誰かを口説くとしたら、そういう「ダサさ」で口説くような気がする。

 

 林が桃江に「派手な爪」「モテないぞ」などと説教する。桃江「モテないのは林くんじゃない」と痛打を浴びせた後、「ネイルはね〜 みんな男ウケを狙ってるわけじゃないのよ 自分の爪が華やかなの見ると少し元気になるんだよ」。

 全部女性の意図を「男ウケ」的なもので解釈しようとする脳への批判。いや、どちらかといえば、ぼくなどもついこの林的感覚で解釈しがちである。「女性は性的な存在」という見方がぼくのなかにこびりついているのだろう。

 

 松田みたいな「ヤリチン」がもてて、自分のような優しい男がなぜモテないのかと不満を述べる林勝に松田が一撃。「本当はヤリたくてたまらないくせにカッコつけて性欲隠してる見え透いたドスケベ紳士感が引かれるんじゃない?」。これを読んだぼくとしては「それは俺のことじゃねえのか?」と心が痛い。

 

女の性欲について

 桃江「(私は)性的な目で見られたら男女関係なく興奮することがわかった」。「性的な目で見られる」風潮が性暴力を蔓延らせる…という議論をぼくは最近よく耳にしていたわけであるが、むろん性的な目で見て欲しいという欲望もあるのだと改めて思う。

 

情熱のアレ 4 (クイーンズコミックスDIGITAL)
 

 

 花津ハナヨ『情熱のアレ』で、セックスグッズを売る主人公・マキがスポーツ紙のいい加減な取材を受けて次のような扱いを受けてしまうシーンがある。

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花津ハナヨ『情熱のアレ』4(集英社)p.159

 そして、マキは次のように憤る。

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花津前掲p.160

 「女の性欲だけクローズアップ」というが、アダルトグッズは「性欲のクローズアップ」ではないのか、とぼくなどは戸惑う。いや、クローズアップはいいけど、それを嘲笑するのが許せないのだろうか。

 女性が性的な存在である、ということは、女性の一側面として紛れもない事実である(男性でもそうだけど)。性的な存在であることを否定してもよいわけではないだろうし、性的な対象であり性的な目で見られることを望む瞬間・望む人もいるはずだと思う。その距離感やタイミングがわからないのである。

 ある女性編集者と話していた時、彼女が「簡単なことです。自分が望む人に対して、望む瞬間にだけ、性的で見られたい。それ以外の人から・それ以外のタイミングはイヤ。そういうことです」と言っていた。

 そうか。そうだよな。

 そういう、ごくごく個人的でもあり、デリケートなものを、マキは嘲笑してほしくないと思ったのだろう。

 その機微がいつまでたってもわからないぼくは、いつかセクハラをやらかすような気がする。

 前にも述べたけど、そうなれば職場で恋愛することは非常に困難だと思う。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 どこに「え、私のことそんな性的な目で見てたんだ…」と言われる「リスク」があるかわからないからである。だから女性が(男性が)悪い、というのではなく、そういう目で見られたくないという点に配慮するなら、当然職場では性的な話題はできないし、ごく限られた条件でできる場合はそのようなスキルを持った一部の高度人材しか無理だということなのだ。それでいいではないか。

 

松田と桃江の距離

 ヤリチンの松田とヤリマンの桃江は同じ職場だが、それはプライベートでのことであって、お互いに職場で男女を意識しているわけではない。が、ある日ふと性的対象としてみる瞬間がある。松田の内語。

「大森さんって目立つタイプではないけどかなり男好きのするタヌキ顔で おっとりとしててパースなるスペースガバガバな上に巨乳 これは遊んでるだろうな(モテそう)」

 パソコン操作を見ようと松田が接近した時の桃江の内語。

「近っ… 松田くんって…

パーソナルスペースにグイグイ入ってくるよなぁ

一見地味だけど清潔感あるし整った顔立ちに切れ長の目 手足も長い…」

 

 

 一瞬いい雰囲気に。

 しかし「でもダメだ。近場で手を出したらろくなことにならない……」。

 

 桃江の松田に対する内語。

「松田くんは(パーソナルスペースが)近いけどセクハラっぽくないんだよなぁ 空気読めて相手の許容範囲がわかってるからかな 梅ちゃんに対してはこんなに近寄らないし この感覚わからない男性って今凄く生き辛いだろうなぁ」

 そうか。あいつには許されて、自分には許されない、というのはそういうことだったのか。

 

 エレベーターに閉じ込められ暑さが限界に来そうな状況で、松田と桃江が沈黙してしまう。その瞬間に男女の情欲が通じ合おうとしたが、桃江が熱中症で気絶してしまう。桃江の内語。「しかし雰囲気最高だったな。もう少しウブだったら流されてた…」。松田の内語。「あれはヤれたなー」。

 これはエロい、と思った。

 職場という空間は、本来的には相手を性的な目で見ることは「あってはならない」空間である。その封印が裂けて、性的なものが顔を出す瞬間が「いやらしい」。しかしリアルでこれをやると、職場恋愛になる場合はよかろうが、そうでない場合は不倫かセクハラになるのがオチである。