『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書)を書いた吉田裕(一橋大学教授)が、「前衛」2018年4月号で同著について語っている。
吉田裕『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実』 - 紙屋研究所
その中に、マンガへの言及が2ヶ所ある。
一つは、武田一義『ペリリュー 楽園のゲルニカ――』(白泉社)である。
……武田一義さんという漫画家が描いた『ペリリュー 楽園のゲルニカ――』(白泉社)がヒットしています。二月末に四巻が発売されるとのことですが、私も面白く読みました。……
この作品は、平塚征緒さんが協力されています。たしかに読んでいると、平塚さんがいろいろ指導されているのがわかります。平塚さんは、一九三七年生まれのベテランの戦史研究者で、『知られざる証言者たち 兵士の告白』(新人物往来社)など貴重なお仕事をされています。『ペリリュー 楽園のゲルニカ――』は戦争体験世代と、完全戦後世代のコラボのような作品になっているのです。それが内容がしっかりしていることの理由の一つだと思います。
いまでは、学校で歴史を教える教員も当然ながら戦後世代です。そのために戦場の基礎的な事実を知らない人が多くなっています。学生と話していても、私からすれば「えっ?」と思ってしまうときがあります。そういう意味で、基礎的な事実をしっかり明らかにする本をつくって、若い世代につないでいきたいと思ったのです。(吉田・「前衛」p.221)
吉田が武田の同作に注目したのは、井上和彦の日本軍礼賛本の粗末さに呆れ、戦争における「無残な死」をリアルに伝えたいという考えと、若い世代にどうやったら届くのかという問題意識がミックスされたためのようだ。ゆえにベテランの研究者とのコラボに注目しているのである。
上記の引用箇所には書いていないけども、『ペリリュー』の頭身サイズに見られるような「非リアル」と戦場のリアルについても吉田は言及していて、なかなか的確な注目をしているなと思った。
吉田は別の箇所で、
全体として、若者を意識し身近な問題から戦争をとらえ直すというアプローチをとりました。(同前p.228)
あるいは、
若い人に届く言葉をどのように自分自身で磨くのかということをかなり重視しました。(同前p.230)
と述べているように、若い世代にどう伝えるかということを強い問題意識としている。
そして、その角度から、もう一つ、マンガへの言及を行なっている。
それが、こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社)である。
ここでは、「この世界の片隅に」など漫画家のこうの史代さんの作品が、生活の細部にこだわりながら、戦争の悲劇を描くというところに影響を受けたと思います。アニメ映画のほうを学生といっしょに見て、その後解説したのですが、みんな考えさせられるところが多かったようで、ああいう身近な日常から描くということをやってみる必要があると思いました。(吉田p.229)
「生活の細部」というのを「身体への注目」ということに置き換えて、吉田は『日本軍兵士』の中で詳しく書いている。装備の重さ、装備の劣悪さ、そこからくる身体への負担、例えば水虫、例えば歯の状態の悪さ、などである。
戦争の史実の継承という問題意識、特に若い世代への継承というポイントはこのインタビューで強烈に伝わってきた。しかし、『日本軍兵士』がそのままそれを果たしているかどうかはよく考えねばなるまい。むしろ『日本軍兵士』を素材にして新たなマンガが必要になるだろう。
「身体」ではないが「食事」という点では、日露戦争を描いた清澄炯一・軍事法規研究会『めしあげ!! 〜明治陸軍糧食物語』(KADOKAWA)は、吉田の問題意識に近い。ただし、中身は吉田の訴えたいようなものになっているかどうかはまた別であるが。