ローマー『これからの社会主義 市場社会主義の可能性』(その4)


 ローマーの『これからの社会主義』について引き続きコメントをします。
 今日は第5章「集権的計画経済はなぜ失敗したか」と第6章「市場社会主義の現代的モデル」についてです。


 第5章「集権的計画経済はなぜ失敗したか」は、旧ソ連・東欧の「社会主義」経済の失敗の原因をローマーが簡単に述べている章です。
 ざっくり言えば、計画立案者(政治家や官僚)、経営者(企業体のトップ)、労働者の3者がいて、理想的には、

  • 経営者は計画立案者の計画を実行しようとする。
  • 労働者は経営者の計画を実行しようとする。
  • 計画立案者は労働者のために最善を尽くそうとする。

となるはずだけど、それぞれは経済的な誘因なしにはそうしようとはしなかった、ということ。

  • 労働者は解雇もなく、住宅を含めた消費財は企業から与えられていたので、あまり熱心に働かなかった。
  • 経営者は計画の完全な実行ではなく、計画立案者と交渉し経済効率的には許されないような貸付や免税を引き出した。
  • 一党独裁だったので競争がなく、計画立案者は民衆のためのプランを熱心に考えなかった。


 ローマーは、資本主義はこの問題はうまくやっている、ということで、株主資本主義や90年代までの日本のような銀行の「系列」による支配を説明しています。
 ただ、ローマーは慎重で、こういう説明をすると、1970年代くらいまでのソ連・東欧の経済成長の高さを説明できなくなると考えます。
 ローマーがその説明として考えたのは、1970年代くらいまでは大きな技術革新がなくても旧技術のままでそれなりに働いたら一定の経済成長が望めるんじゃないかということでした。


 これは旧ソ連・東欧経済の破綻の説明としてそれなりに説得力があるように思えます。
 そうするときにローマーは

そこで、社会主義者にとっての問題は、技術革新はおこなわれるが、資本主義に特徴的な所得配分には進化してゆかないような、経済機構は構想されうるのか、ということになる。さらに特定化していえば、技術革新にみちびく産業企業間の競争は、生産手段の私的所有の体制なしにも誘発されうるのであろうか。(p.62-63)

という問題意識を掲げて、次章に移ろうとします。


 要するに、企業が公有・国有化されていて、中央の計画のもとに動くような非市場の経済じゃなくて、経済主体、つまり企業がバラバラに存在して競争しあっているようなシステムじゃないとダメだというのがローマーの結論なんですね。

 企業を全部計画的に管理するのか(集権的)、企業はバラバラな主体でいいのか(分権的)、と問題をざっくりと二つに分けた場合、ローマーは後者しかないだろうと結論したわけです。
 ここにはぼくも賛成します。


 それで、第6章で3つのタイプの市場社会主義、というか分権的社会主義をあげます。

  1. 労働者の自主管理企業。
  2. 基幹部分を公的企業がにぎり、それ以外を私企業がうめる。国民は売買できない株式(クーポン)をもち、投資する。
  3. 企業の所有権はかわらず、法律・金融・税制・ステークホルダーなどでコントロールする。


 ローマーの考えは2.であり、ぼくの考えは3.に近い。
 1.は企業体が民主的に運営される。
 2.は「利潤配分に平等化効果がある」(p.67)。
 3.は「先進資本主義社会における、より民主的な経済への移行に向けての提案としては、最も直接的に有用なものである」(p.72)。


 前にも書きましたが、ローマーは、企業の効率性を確保した上で、格差が開かず、所得が平等になることに重きをおきすぎています。
 ローマーが構想するようなクーポン・株式の発行は現在の企業体制からあまりに大きな変化となり、とても現実的なものとは思われません。


 ぼくは、次の社会として準備された社会主義というものは、資本主義社会の中から「自然に」育ってくるものだと思うので、3.こそが最も「自然史」的な過程であるし、無理がないと考えます。
 要は資本主義=利潤第一主義が社会を覆っている状況を変えて、経済を社会の必要に奉仕するようにコントロールできるような社会になればいいわけですから、企業の所有権を無理に変える必要はありません。


 ローマーの考える「社会主義」っぽさというのは、「平等」に偏っていると思うんです。「社会主義」という考え方が狭いんですよね。そして、日本の90年代ごろまでの「系列」のモデルに高い評価を与えています。英米型の株主資本主義とは違う、効率性と調整を両立させるシステムだと見ているわけです。


 『これからの社会主義』は、まだ途中なのですが、あとはローマーの提唱するモデルの解説だったり、ユーゴ型自主管理企業の解説だったりします。あまりそこに深く付き合う必要はないと思うので、もうあと1回くらいやって、この本とはおさらばします。