予備選挙の場合、過去に有権者登録をして投票したデータがインターネットに公開されていてダウンロードできるようになっている。名前、住所、電話番号はもちろんのこと、年齢や支持政党、過去にどの党に投票したかまでデータ化されているのだ。アメリカでは、投票データは公的な情報として扱われていて、選挙の際に活用できるという。日本人から見れば、個人情報の扱いはいったいどうなっているのか、セキュリティはどうなっているのかと、驚かざるをえない。(池上彰・増田ユリヤ『徹底解説! アメリカ 波乱続きの大統領選挙』ポプラ新書、p.55-56、強調は引用者)
マジですか。と目を疑った箇所。
アメリカの大統領選挙について書かれて、この8月5日に刊行された池上彰・増田ユリヤ『徹底解説! アメリカ 波乱続きの大統領選挙』の中で増田が書いたルポの一節である。
ウィキペディアには、予備選挙は秘密投票だとあるじゃん! うーむ、おそらくぼくの理解のどこかで、何かが間違っているに違いない。
その箇所では、増田が民主党の候補の一人だったサンダースの選挙活動に密着していて、このダウンロードデータに基づく支持拡大の様子が興味深い。
電話をかけたら即座に断られた、留守だった、家族は出たけれど本人は(学業のために転居して)不在だったなど、電話で得られた情報を項目ごとにチェックをして、その場でデータベース化していく。(同p.56)
うむうむ、日米同じじゃん、とうなずく。
日本でも政党や候補者は、選管の持っている選挙人名簿を実は利用できる。その地域のすべての有権書の住所氏名が見られるのだ。コピーは不可だけど、手書きで写すのはOK。ただ戸別訪問は日本ではできないので、せいぜい選挙用のハガキを出すくらいなのだけども。
電話ではどんなことを話すのだろうか。サンダース以外を支持している、例えば同じ民主党でもヒラリーを支持していると電話の相手が言った場合には、どうやって説得するのだろうか。そんなことを考えながら、電話の様子を聞いていたら、「あっ、ヒラリー支持ですか。わかりました。今夜も素敵な夜をお過ごしください」などと言って、さっさと切ってしまう。理由を聞くと、「そんな時間がかかり、効率が悪いことはしないのよ」と、前述の自宅を開放しているレズリーさんは言う。
では、どういうときに電話を粘るのか。レズリーさんはによれば、例えばサンダースの電話勧誘の場合は、電話の向こうの人物がサンダース支持者であるか、誰に入れるか迷っているときだ。(同前p.56-57)
電話で粘らない、というのは、日本では電話をかける政党や人による流儀の違いになるだろう。
サンダース支持者に当たると、共感しあって、投票を確実なものにするというが、無党派や選択に迷っている人は、電話では説得しないという。
この後、電話で得られたデータをもとに、地図にそれを落として、戸別訪問をするのだという。
ここで増田が聞いている例では1日80〜100軒を訪問する。
ニューヨークの場合、基本的には二人一組で、地下鉄など公共交通機関を使って移動しながら行っていたが、交通の便が悪い場所の場合には、車で移動することになるのでドライバーも含め三人一組のチームで行動していた。(同前p.62)
日本は戸別訪問禁止だし、効率が悪いので電話でサクサクと支持を訴える。だいいち、1日80軒をフルに戸別訪問できる人は、専従のスタッフか、休日のボランティアに限られるだろう。それを大量に組織できるだろうか。
日本では、公明党などは、電話での無差別の支持の訴えをしているのをぼくは見聞きしたことがない。必ず、つながりを訪ねたり電話したりしている。「数十年前に卒業した田舎の同窓生だ」と言って突然家に来たりする話をよく聞くが。いや、スーパーで買い物をしていると全然知らない人から公明党の候補者をお願いされたこともある。「対面」とか「つながり」を重視しているのだろう。
共産党は、無差別に電話で支持を広げている。同時に、「ニュース(紙の後援会の新聞)を読んでくれる」と同意してくれた人を「後援会ニュース読者」として、訪問することがある。無差別の戸別訪問は禁止なのでハードルを低くして面会と協力にこぎつけるのだ。
そういうこととの比較が思い浮かんだ。
まあ、そんな感じで、日米の選挙活動の違いというだけでも、この本のルポ部分は楽しめた。
著者の一人である増田ユリヤは、さまざまな陣営を取材しているが、そのうち、明らかにサンダースに気持ちが入っていっている。
特に、バーニー・サンダースの支援者たちの草の根の選挙活動に見た、純粋な情熱と最後の最後まであきらめずに行動する姿には、何の関係もない、ただ取材に来ただけの外国人の私でさえ、何か手伝えることはないかという気持ちにさせられた。日本の政治や選挙活動にはさしたる関心が持てない私が、である。(同前p.228)
そういうある種の偏りが、逆に増田のルポの気持ちの傾斜をよく示して、面白いルポに仕上がっている。
ニューヨーク(マンハッタン)でトランプの支持者たちが公然と支持集会を開けずにまるで「非合法活動」のようにこそこそと集まって、その集会で鬱憤を晴らしている様子なども描かれる。
一人ひとりが訴えてその結果支持がどうなるかが可視化されている
アメリカ大統領選は予備選挙と党員集会で選出の集計がされるけども、党員集会の方もその実態を知らなかった。地区ごとに数十人とか百人くらいの集会を開いて、候補者の支持演説を党員一人ひとりがおこなって、「はないちもんめ」みたいに支持グループの島を作ったりするらしい(他の方式の地方もある)。そんなふうに一人ひとりが訴えてその結果支持がどうなるかが可視化されていたら、さぞ面白いだろうなあと思う。
なぜなら、日本では完全に秘密選挙だから、誰に入れるかはプライベート。そうなると、自分が支持する政党や候補に入れる人がどんな気持ちで動かされているのか見えなくなる。ぼくの周りの左翼仲間なんかは、「どうしてアベや自民党に入れるのか理解できん!」というようなことが起きる。身近な人が、なぜ自分と違う政党や候補者を支持し、それを言語化してくれる機会があれば、我が身をいろいろ顧みることも多いんじゃないかと思った次第。
本書は池上の平易な解説も含めて(異論はあるけど)、まずは米大統領選の仕組みと雰囲気を手軽に理解できる1冊。加えて、日本で選挙に関心のある人、選挙運動に加わっている人なら、アメリカの選挙と自分の選挙運動を比較して長期的にあるいは短期的にその活動を変えていく刺激を得られるんじゃなかろうか。