東條さち子『主婦でも大家さん』『大家さん10年め。』『大家さん引退します。』

投資は目的と必要額のために行うもの

 何のために投資をするのか。
 子どもの将来の学費を貯めるためとか、老後の不安とか、そういう生活上の具体的な目標がある場合は、本当ならその額をはっきり決めて、その額を得るために投資をするのがよい。
 うぅ、だけど、基本はそのお金は節約で貯めるのが一番手っ取り早いし確実じゃないのか。投資分で儲ける分なんて、ホントにあてにならないと思うけどね。「『節約で貯めたお金をどう運用するか』っていう設問だから、銀行預金じゃなくて投資なんだろ」という話かもしれないけど、この前提自体がワナ。そんなもん大して変わらん。「馬鹿だなあ。こんなに変わるんだよ」という説明を持ってこられるかもしれんのだけど、仮にうまくいって20年くらいで数百万円の差が出たとして、それが一体なんだというのか。必要なお金が溜まったかどうかが大事なんじゃないのか。20年後に銀行預金で必要なお金が貯まるのなら、それでいいではないか。
 必要だと思い定めた額を超えてお金を貯めることには意味はない。
 それでリスクをとるのは、馬鹿のやることではなかろうか。
 「あー、そういうこと言って、スズメの涙の利息しかない銀行預金に預けて、もし株に投資したらン百万円プラスしたかもしれん額を損失するわけですなあww」。みすみす数百万円をドブに捨てているような錯覚に襲われて、必要な額を手に入れるという当初の目的を見失い、そういうものに走ってしまうのである。*1


全面改訂 超簡単 お金の運用術 (朝日新書) いやまあ、例えば投資について、山崎元『全面改訂 超簡単 お金の運用術』とか『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!』(大橋弘祐との共著)を読むと、国債買うか、せいぜいインデックスの投資信託株価指数に連動したいろんな会社の株をおりまぜた商品)にしとけばいいんじゃない、という提案があって、それは感覚としてわかる。
難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください! 日本経済がこれから10年くらいは年率2%くらいの名目成長をするから、んーまあ、いろんな株をおりまぜて10年くらい放っておいたら年率で2%くらいは儲かるんじゃない? というような大雑把な感覚がぼく自身にもあるからだ。「買った投資信託はずっと持っておき、いざというときに備える」(山崎・大橋前掲書877/1079)という通りである。短期的な上下は相殺して、長期的にはそういう経済の動向をインデックスは反映してくれるんじゃないの? とは思う。
 だが、まあ、その程度の話なのだ。
 やりたきゃやればいいけど、どちらがトクかみたいな問題ではなく、結局必要な額が手に入れられるかどうかが問題だということを忘れるべきではない。

アパート経営に庶民が乗り出すのは理解を超えている

 それなのに、マンション投資とかアパート経営とか、もうわけがわからない。シロートがこういうリスクや苦労をわざわざしに行くのは一体なぜなのか、と。
 夫はタクシー運転手、自分は主婦漫画家という「ザ・庶民」の東條さち子がそこでアパート経営に乗り出した理由は全く理解不能である。東條のアパート経営コミックエッセイ3部作『主婦でも大家さん 頭金100万円でアパートまるごと買う方法』『大家さん10年め。主婦がアパート3棟+家1戸! 大家さんシリーズ』『大家さん引退します。 主婦がアパート3棟+家2戸、12年めの決断! 大家さんシリーズ』には、その顛末が描かれている。3冊とも買って読んだ(Kindleで安かったので)。はたから見ると、完全にファンである。
主婦でも大家さん 頭金100万円でアパートまるごと買う方法 (朝日コミックス) なぜ東條はアパート経営など始めたのか。
 その動機が1作目『主婦でも大家さん 頭金100万円でアパートまるごと買う方法』の冒頭に書かれている。

もともと『節約』とは無縁だった我が家。(p.2)

で始まる。しかし株はやっていた、と。夫のタクシーの給料は生活費にあてて、自分の漫画の原稿料をそちらにぶちこんでいたというのである。それが、今度はアパートを買い、経営に乗り出した。

どうしてそこまでして大家さんになりたかったかというと……。

  1. おもしろそうだったから
  2. 株に飽きたから
  3. マンガの仕事がヒマで、エネルギーが余ってたから(p.3)

と自嘲気味に書いている。
 老後の資金とか子どもの学費とか、そういう必要なものを得るための方策として始めたのではない、ということである。

大家のツラさ

 『主婦でも大家さん 頭金100万円でアパートまるごと買う方法』というタイトルに象徴されるように、東條はまずお金など用意しねえ。いかに少ない頭金で綱渡りのようにお金を借りて事業を始めるか――こんなヒヤヒヤな瞬間を読まされるのである。
 そして、さらに実際にアパート経営が始まってみると、故障やリフォーム、空き部屋対策などにいかに金が出ていくか、そんなことを考えもしていなかった東條は、泥縄というか、その場しのぎというか、対応に大わらわになる。


 例えば、こうである。
 サブリースという、会社が丸ごとアパートを借り上げてくれるシステムを使い満室家賃の75%(毎月45万円)が15年保障されることになるのだが(他方で月々のローンも45万円)、リフォームの工事が引き渡しに間に合わず、このシステムが作動しない、つまり45万円を自腹切るかもしれないというところに東條は追い込まれる。
 リフォーム工事の会社は全くのんびりしたもので、間に合う間に合うといいながら、東條たちは本当に間に合うのかという不安を抱えたまま、日にちが過ぎていく。
 そして期日が近づいたギリギリの日に、駐車場の下が舗装されていない、ただの土であることが判明し、新たに工事が必要になる。しかも予算には含まれていないのだという。「ギリギリの値段でやるから大丈夫」という業者の言葉を信じたものの、74万円の見積もりを出される……。
 こんな具合である。


大家さん10年め。主婦がアパート3棟+家1戸! 大家さんシリーズ (本当にあった笑える話) 東條は2棟のアパートを経営するのだが(最終的には3棟)、他にも家賃滞納などの「不良入居者」に悩まされる。出て行ったと思って部屋に行ったら、まだいたり、本当に出て行った後に、ものすごい使い方をされていて、リフォーム費用がかさんだり……。

アマゾンのカスタマーズレビューでも笑われる

 しなければならない気苦労、折り込まないといけないトラブル・出費、実際になかなか出ない儲け。そういう印象をバッチリ受けた。
 アホだろ、こんなもんやる奴は。


 アマゾンのカスタマーズレビューを見ると、そういう意見が結構ある。(強調は引用者)

  下調べという言葉を知らないんだろう、でよくそんな借金する勇気がある。
  これはもう、成功、失敗とかのレベルではなく、頭の悪い無謀な行為だ。
  勉強もせずただ物件を欲しがるだだっこにしか見えない。
  怒りすら感じる
  不動産業をなめないでください。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R2UL9X4KQV7CO9/

笑えないけど笑える。よくここまで何もわからないのにはじめたなぁと感心して笑いました。
事業として参考には全くならないですが
失敗の見本としては、かなりいいとおもいます。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/RQNE9S0EUCF58/

著者はハッキリ言って不動産経営では失敗しています。
不動産屋さんに色んなことを任せて、流されるままに契約していくと食い物にされるかという部分が
非常に参考になります。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R2P3AQBH44SZ85/

巷の不動産投資本というと、既に成功した人間が書いていたりするので
失敗した話はなかなか表に出てこないように思います。

この本の著者は、言ってみれば不動産投資家としては素人に近い振る舞いで不動産に手を出しています。
おかげで数々のボロを出しているのですが、それが未経験者には貴重な教訓になり得ます。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R33YECQY9T203O/

実は成功譚ではないのか

大家さん引退します。 主婦がアパート3棟+家2戸、12年めの決断! 大家さんシリーズ (本当にあった笑える話) しかし。
 このように思わせるのが東條のテなのかもしれない。
 青息吐息の東條夫婦の表情や七転八倒のエピソードがこれでもかと誇張されているだけで、実際のところ、トータルの収支が詳細に書かれているわけでもない。何より、最終的に土地を売ることで儲けが出る可能性があるのだ。
 3部作の最後、『大家さん引退します。』では、そのうちの1つを苦労しながらトントンで売るエピソードが書かれ、他の2棟はまだ売れていない状態でシリーズは閉じられている。

 アマゾンのレビューにはこういう評価もある。

失敗談のように書いてますが、実際のところは、大成功した投資体験を書いてます。作者は、超掘り出し物物件(本来なら土地価格だけで5000万なのに、RCの上モノもついて全部で3700万で投げ売りされていた物件)をたまたま見つけて、投資を成功させました。ですが、はっきりいって、こういう掘り出し物はなかなか出てこないです。特に、今は競争も厳しいし、コネもない普通の人には難しいんじゃないかなーと思います。で、これだけすごい物件を格安で入手すれば、大家ビジネスが成功するのは当たり前だという気がします。面白おかしく書いている失敗談も、不動産価格プラスアルファのお金を準備しておくという、不動産投資をする人であれば、ごく当たり前のことをしていなかったから、当初の資金調達に苦労しただけの話です。ですので、当資本〔ママ〕としては役に立たないと思いました。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R21K0OL99M1DPS/

作者が購入した鉄筋コンクリートの物件は地方といっても大都市郊外にあり、リフォーム代を加えても表面利回り20%近い超掘り出しものでプロも血眼になって探しているものです。作者一家は融資の返済を終えると所有の2棟合計で年間900万円近い家賃収入がある不労所得者になり超良好物件を購入できた成功者に間違いありません。ただ不動産取得税等の諸経費と築古物件にはつきもののリフォーム代等の余裕資金を用意しなかったから悪戦苦闘しているだけのことです。この購入価格の1割弱の余裕資金は不動産購入にはイロハの常識でそれを忘れてさも破産しかかかったようなストーリに仕立てているのはあまりにもお粗末です。まったく不動産知識のない方ならともかく少しでも知識のある方は購入する価値はないと思います。多くの方が失敗談としての高い評価の点数をつけられていますが実は成功本です。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R5JY1SNIUH16K/

 細かいことはわからないし、何の根拠もないけども、実際のところはぼくが最後に挙げた2つのレビューの方が、真相に近いのではないか
 東條の別の本、『庶民の娘ですがセレブ学校へ通っています』も、「庶民が無理をしてセレブ学校に行って大混乱した話」として描いているけども、よく読めば「セレブ学校に行って、本当に必要なことだけを学んできた娘」の自慢とも読める。かといって不快ではない。そういう仕掛けだと思って読めばよいからである。
 『夫すごろく』シリーズをはじめとする堀内三佳もそうであるが、本当は自慢話であるものを「失敗談」や「大変日記」みたいにパッケージして読ませるのがこうした女性コミックエッセイストたちの得手なのであろうか
 だから、エッセイコミックとしてはとてもよく出来ている。作品としては面白い。

 
 さて、最初の問いに戻ってみよう。
 何のために投資をするのか。


 マルクスは「目的なんかなくってもGをG+Δにしたいっていうのが資本なんだよ」と言った。何かをするためにもうけるのではなく、自分を増やす、つまりもうけることだけが資本というものの本性なのである。
 アパート経営にしろ、株にしろ、何かの必要(そのための目標額)を稼ぐために、庶民はそれをやるべきなのだ。逆に言えば、漠然とした「もうけ」「もうかる」という理由のためにやるべきではない。

*1:「老後に〇〇万円必要」という話はいろいろある。公的年金と必要額の差額からはじき出した試算としてよく言われるのは「3000万円」である。。公益財団法人生命保険文化センターあたりは「1億円」と言う。荻原博子は「1500万円」だと言う。