ふみふみこ『めめんと森』

「わたし くろかわさんがすきです」


めめんと森 (フィールコミックス) (Feelコミックス) ふみふみこのマンガ『めめんと森』の中で主人公の目野優子が上司の黒川に酔って告白した言葉である。
 酔態にあるかわいい女性部下に言われてみたい一言。
 そのとき大事なことは、お互いに酔っていることだ。
 黒川も相手にしない。「あーはいはい わかったわかったこの酔っ払いめ」。
 お互いに酔っぱらっているので、どちらかの気持ちが上滑りしていても、酒の上のことということで誤摩化せるから。
 自分が憎からず思っている相手が自分に好意を寄せてくれているかどうかを確認することはドキドキする。中高生とか学生時代は一般的にそうだけど、大人になるとなおさらだ。翌日からの人間関係を破壊する高いリスクがある。というわけで、そういうリスクを煙に巻いてしまう絶好の道具が酒である。


犬神姫にくちづけ 6巻 (ビームコミックス) 「ひっつめにして、髪をピンで止めている、朴訥そうな女性」というだけでもうヤバい。『犬神姫にくちづけ』の栗生かずらの日常の姿も同じヤバさがある。ふみふみこのやわらかそうな目野の描き方がまたたまらない。


 この作品は、幼い頃、いっしょに遊んでいた兄が突然いなくなった目野が葬儀社に勤める話である。失踪した兄は死んだのか生きているのか行方が知れない。生死の境がぼんやりとしてしまった目野にとっては葬儀のような生死の境にいつもいることや、セックスの相手に首をしめてもらうことで生きている実感を呼び覚まされる。
 「メメント・モリ」はラテン語で「死はいつもすぐそばにあることを忘れるな(お前もいつか死ぬんだぞ)」という警句である。

 ぼくはぼく自身が「生きている実感がない」式の惑い方をしたことがなく、正直このテーマにはそれほど心惹かれなかった。
 だが、娘がいる身としては、子どもが突然死ぬ・いなくなるということの恐怖についてはいつも感じている。朝元気に「行ってきます!」を見たのがよもや最後に見た姿だとは…というような悲劇について、いつも思いを馳せてしまう。
 それはまさにこの物語で描かれているテーマ、「きちんとお別れを言えなかった」という感情にもなるだろうか。
 だから「ね 眠っているみたいでしょ」「ほんとねえ」という葬儀のひとコマのセリフ、そしてそこから想像されるシチュエーションに、突然逝ってしまった人の葬儀について考えてしまうのである。
 あるいは、最後に描かれている葬儀で「あなたの最後を見届けることができてよかったわ」という老妻のセリフには、逆にしっかりと別れを告げられた幸せについて考えてしまう。

 1巻で終わる短い話で、テーマが明確で、ある意味とてもロジカルな作品なのであるが、そのテーマの論理にはあまりとらわれず、萌えるシーン、心を動かされるシーンだけをつまみ食いするように読んだ。でも、それがとてもよかった作品である。