今泉忠明『外来生物 最悪50』

外来生物 最悪50 (サイエンス・アイ新書) 『外来生物 最悪50』とあるので、もう完全に外来生物の話かと思うわけだけど、全然そうじゃない。最悪の50の動物、第3位とか野イヌですよ、野イヌ。どこが「外来」なのって感じです。

 というか、この50の中に入っているものは、いくつも「これ、外来…?」とか「これ、最『悪』…?」とか思うのがいっぱいある。

 たとえば、26位に入っているのは、ニホンイタチ。タイトルの横にははっきりと「内来種」と書いてある。にもかかわらず、「外来生物50」にカウントされているのである。どういうことか。

ニホンイタチは在来種であるが、日本国内でニホンイタチが棲んでいなかった地域に人為的に移入され、その他の生物に外来種と同じ影響を与えている。外国から移入されたものが外来種ならば、内来種とも呼ぶべき存在である。(今泉p.109)

 イタチはネズミ対策として各地で放たれた。
 今泉の本が問題としてとりあげているケースは、1970年代にネズミ対策で試験的に三宅島(東京)に放たれたイタチだ。小さい島に放つと、そこで貴重な鳥や小動物を束手しまう。三宅島ではアカコッコオカダトカゲなどである。
 テスト結果では「けっこう影響がある」と出て東京都が放獣に「待った」をかけたけど、結局80年代に入って本格的に放たれてしまった。
 その結果、オカダトカゲは1000分の1から1万分の1に激減してしまったという。今泉は「おろかである」と一言述べる。

 他にも、メジロとかキジとかサルも挙がっていて、写真を見ると「え、それって外来種なの?」と思うのだが、朝鮮半島などから持ち込まれたものだとわかる。「ふむ、確かに外来だな。でもそれって最『悪』なの?」と次に感じる。
 読んでいくと、交雑によって純粋な国内種を“汚染”してしまい、もはや純粋種がいないとなってしまっていることが問題になっている。
 まあ、こういう問題は、メダカとかの話で最近になって知られてきた話ではあるけども、正直ピンとこないところがある。「そ、そんなに大変なことなの?」みたいな。

 第2位はなんと野ネコである。
 野ネコ、というところのノラネコなわけだが、それが「外来生物 最悪50」の第2位だぜ? この違和感たるやすさまじいよね。
 ちなみに、福岡市で、その毒によって人が死ぬとか死なないとか大騒ぎしているセアカゴケグモは47位。それをはるかに引き離してノラネコ。
 ノラネコはなぜ「最悪」なのか。
 「もっとも進化した狩りを行い、行動範囲も広い」とまず今泉は指摘する。まあよく読むと「ノラネコは」じゃなくて「ネコ類は」ってことなんだけどね。ライオンとかトラとか入るわけ。まあ、ネコは狩りが得意なんだと。
 ネコなどがニュージーランドにもちこまれたとき、鳥のイワサザイの新種を狩りによって“発見”するとともに、あっというまにそれを絶滅させてしまったという。19世紀末にネコが新種のイワサザイ(スチーブンイワサザイ)をくわえてきた。

その後、ネコは4羽ほどイワサザイを捕まえてきたらしいが、それを最後にイワサザイをもってくることはなくなった。あとにも先にも、ネコがイワサザイをくわえてきたのは1894年だけのことだった。スチーブンイワサザイはこの年発見され、絶滅したのである。(p.210)

 先ほどもイタチのところで紹介したように、狩りの方法が進化したネコを、島みたいな小さなところに放てば、希少生物が狩られてしまう。じっさいに、沖縄などではこれが起きていると今泉は言うのだ。今泉は、他にもネコが病気を伝染する危険性を指摘している。

 今泉は「はじめに」でわざわざ長々とネコについて書いている。『外来生物 最悪50』での序言の多くを割いてネコを論じているのである。
 ネコが世界に年間で1億匹の小哺乳類を殺しているという学者の試算を示す。

ネコは全体として小型鳥獣の数に有害な影響を与えることはまれだが、小さな島では壊滅的な結果をもたらすことがあるといえる。(p.3)

 今泉は、この本をつくった意図を「はじめに」の中で明かしているが、「外来生物」を問題にするのは、それを生態系の中に放てば否定的な影響を及ぼすからであって、それがそもそも外来生物法で「ペットや家畜の管理を規制しろ」と言っている精神であり、それは「外来」だけではなく「野生化したペットや家畜」(p.5)も同じじゃねーのか、というわけだ。
 こういうふうに説明されると、なんとなく今泉の問題意識もわかる。まあ、だったら「外来生物」って書くなよ、とは思うけどね。

 もう一度整理しよう。
 外来であるなしにかかわらず、生態系の中に放てば否定的影響を及ぼすこと自体をコントロールすることが目的であり、そのために、ネコとかネズミとかイヌとかそういうものも規制するべきだと。ここに本書の特徴がある。

こういうものを規制するのはけっこう大変だと思うけど

 で、考える。
 一般的にはわかる。けども、政策的、つまり規制する技術としては、かなりキツいよね。
 たとえば、島なんかでネコを飼うときに、かなりキツい規制がかかることになるわけだろ。登録したりとかヒモをつけろとか。
あるいは、交雑しないように、すべてのペットについて管理のしくみを整えることになるわけだろ? たとえば愛知のおばあちゃんの家でフナをとってきて、それをもって福岡に帰ってきて、そいつを近くの川にがばがばと放したらダメっていうことなんだろ。それはなかなか難しいんじゃないか…と思う。啓発や教育以外にどんな方法があるのか。

 言い方をかえると、生物の多様性を確保することをどれくらいの政策コストでやるのか、ということになるのかな。
 シロウトなのでよくわからないけども、遺伝子“汚染”ってそんなにマズイことなのか。本によっては、生物の多様性は確保されねばならないというところから出発しているので、そもそもなぜ生物の多様性を確保しないといけないのかがよくわからないのである。

 まず、シロウトっぽく考えてみる。こういうことが想像できるよね。
 架空の小鳥「ミドリスズメトンビ」の交雑がおきて、その地域固有のミドリスズメトンビがいなくなってしまうとする。そうすると、まあすごく敏捷なミドリスズメトンビばかりになる。んで、エサとなる架空のトカゲ「ブタトカゲ」が狩られつくしてしまう。そして、ブタトカゲが出す粘液からつくられていた地元産の糸ができなくなってしまい、地元の名産の「ぶたとかげ織」が消え、失業者が出るとか。そうなると文化や生活までが危機に瀕してしまう…「風が吹くと桶屋がもうかる」みたいな話だな。

 環境省が高校生向けに出しているパンフレットがある。
http://www.env.go.jp/nature/biodic/inochi/pdf/full.pdf

 これをみると、人間にとっての生物多様性の価値を3つにまとめていて、

  1. 安全な生活
  2. 有用な価値
  3. 豊かな文化

となっている。有用な価値の視点はなかったな。この視点は、遺伝子資源としてとらえたときにはっきりすると思うけど、

人類の医療を支える医薬品の成分には、5万種から7万種もの植物からもたらされた物質が貢献しています。

また、世界規模地球環境概況第4版(Global Environment Outlook4)によれば、海の生物から抽出される成分で作られた抗がん剤は、年間最大10億ドルの利益を生み出すほどに利用されているほか、世界の薬草の取引も、2001年の1年で430億ドルに達したされています。

そして、多様な自然環境の中には、まだ発見されていないさまざまな物質も、数多く存在していると考えられています。

これらが発見されれば、現代の医療が解決できていない、さまざまな難病が、いずれ治療できるようになるかもしれません。

しかし今、このさまざまな恵みが、広く失われようとしています。

http://www.wwf.or.jp/biodiversity/about/consequence/

 ただ、それでも、さっきぼくがあげたフナのたとえなんかは、ちょっとぴんとこないんだよな。そんなにたいそうなことなのかな、と。「なかなかその帰結が予想できないから、とりあえず規制するんだよ」っていうロジックになるのかもしれないけど。
 愛知のフナを福岡の川に放してはダメっていう行動基準かrすると、中国産のトキを佐渡に放つのは、どうも変な気がするんだ。でも考えてみる。
 まず遺伝子の汚染はおきない。日本のそれは絶滅しているから。
 また、中国産のトキと日本のトキは同じ種であるし、遺伝子上の差もあまりないという。

日本産と中国産のトキのDNAを調べた兵庫医科大学・山本義弘教授(分子遺伝学)によりますと、遺伝子の違いは0・065%。これは「個体差レベル」といわれ、日本人一人一人の遺伝子が少しずつ違うのと同じ程度です。

http://www.niigata-nippo.co.jp/news/toki/description/04.html

現在、日本のトキと中国のトキは、同じ種類に分類されています。したがって、日本産、中国産といってトキを区別する理由は全くありません。日本では、環境省やトキ保護センターが中心になってトキの保護の仕事をしています。私たちが増やし、保護したいのはトキという種類の鳥であって、「日本産のトキ」ではありません。ですから、日本と中国は、協力してトキの保護に取り組んでいます。

動物の種類を分ける学問分野を動物分類学といいます。近縁でよく似た動物の種類を分ける場合には、今までは体の大きさや形、色、体の構造、それに声や行動といった特徴に注目していました。

平成14年度に環境省が実施したトキの遺伝的系統関係解析調査で、日本産の個体と中国産の個体について遺伝学的解析を行ったところ、両者が同一の種に属していることが判明しています。

http://www4.ocn.ne.jp/~ibis/01ibis/faq.html

 えーと、だから、環境上も生態系のバランスを崩すようなことはおきないってことなのかなあ。そのあたりが釈然としないんだよね。

ワースト1位はアレです

 もとの本の話にもどろう。
 まあ、そういう全体のロジックの検証はおいておくとして、この本は、「読み物」として面白いと思うんだよね。あっという間に読めたし。一般的に、この生物はこんな生態なんだとか、その生物にまつわるエピソードとか、そういうものが楽しい。

 たとえばクジャクインドクジャク
 クジャクって、羽が馬鹿でかくて、装飾的=非実用っぽくって、こんなもの野生で生きていけるのかよ、って思っちゃう外観だよね。
 ところがどっこい。
 最悪度17位というしたたかさだ。
 はじめに沖縄の八重山地方で野生化した。そして沖縄の小浜島では…。

小浜島は、悪名高き土地の買占めによってリゾート施設ができたところだ。余計なことに、増えたクジャクを観賞用として各地に寄贈したのである。当然のことながら、強烈な台風が襲来することはわかっているのに、ちゃちな鶏小屋のような施設で飼育するから各地で脱走し、野生化したのである。クジャクが高密度で生息している小浜島では、八重山地方固有のトカゲや昆虫などの小動物が激減しており、クジャクの捕食による被害が懸念されている。(p.146)

 まあ、こんなエピソードが生物ごとにそえられているのである。

 そして。
 外来生物ワースト50というふうにランキングされ、3位野イヌ、2位野ネコときているわけで、気になるのはワーストワン。1位は何かって? それはもう、アレですよ、アレ。