植田統『残業ゼロでも必ず結果を出す人のスピード仕事術』


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 面白く読んだよ。名文。


 それはともかく、書いてある内容はどうなんだ。
 キャリアポルノとして読めば、まあそういうことだろ。でもそんなに、「何かオレもすごい勝間和代になっちゃうわよ!?」っみたいなこと感じてハアハア言って読んでるやつがいるのかよ。


 まあ多少はいるわな。いるけども、たいていのやつは、こういうのを「エッセイ」として読むんじゃないの。言い方かえると、「わかってくれてる呑み友だち」みたいな感じ。


残業ゼロでも必ず結果を出す人のスピード仕事術 たとえば、いまここに、植田統『残業ゼロでも必ず結果を出す人のスピード仕事術 自分の時間が2倍に増える50のノウハウ』(ダイヤモンド社)っていう、ライト・キャリアポルノがあるよ。
 なぜあるか。
 それは俺が手に入れたからだよ。2週間くらい前に。
 このタイトルの自己言及性の恥ずかしさはメガトン級である。「思いどおりに食べて20キロやせられる、たった1つのダイエットのコツ」とか「ダサい男でもモテる超変身術」とかっていう感じのタイトルの本を買うのに似た恥ずかしさがある。すぐ職場で同僚にからかわれたよ。「へー、紙屋さん、残業とか気にするんですか」。などと。たしかに俺は残業ゼロだよ。それは子育てという完全に別の理由でゼロなわけだが。

 
 だけど、ぼくは「残業ゼロを何としても勝ち取りたい」とか(勝ち取ってるわけだけど)、「必ず結果を出したい」とか、「自分の時間を2倍にふやしたい」とか、そんなことはみじんも思ってこの本を手にしたわけではない。
 うそ。ちょっとは思った。ちょっとくらいいいだろ。そういう微量の、頭をかすめたことをテコにして「ほら、お前今そう思ったろ? 思ったろ?」みたいな総括するやつは、アレだ。連合赤軍の総括だ。もしくはポストモダーンなニンゲンどもがしばしばやっている過剰すぎるメタ思考だ。再帰的アホとでも書いておこう。


 じゃあ、なんでこの本を手にしたかというと、「こういう過剰な売り込み文句で、書いてあることは、効率的に仕事をすすめるスキルが書いてあるわけだろ」ということで、手にとるわけである。
 そしてパラパラとめくる。
 そこには、「お、そうそう、それですよ」ということが書いてある。
 たとえば、この本のいくつかの命題で、ぼくが「お、そうそう、それですよ」と思ったものを書いてみよう。


(マイナスに評価されている行動パターン)
・仕事に全人格をかけている
・自分一人で抱え込む
・二つのことを一度にやろうとする


(プラスに評価されている行動パターン)
・できることから片付ける
・細切れ時間に集中する
・デッドラインから逆算する
・一瞬一瞬は一つのことしかやらない
・調査は6割で満足する
・何に対しても仮説を作る習慣を持つ
・相手の依頼内容をしつこく確認する
・自分の行動を「見える」化する
・ボールは相手に持たせる


(ほしい情報を手に入れるインタビューのコツ)
・情報の持主を見つける
・ゆるい仮説をつくる


(会議の運営)
・出席者は9人まで
・1時間で終わらせる

 えーっともっといっぱいあるんだけど、これくらいで。
 「お、そうそう、それですよ」がこんなにもあった。ざっと6割は「お、そうそう、それですよ」というものである。いわばここに用意されたテーゼのうち6割は、すでに自分の中で答が用意されているものである。


 かなり明確にそう思っていることもある。
 うすうす思っていたが、明確な輪郭を与えられた、というものもある。


 自分の中で「効率術」として確立されているものを、こういう形で補強されることはウレしいことである。呑みにいって、話のわかる(「意識の高い」)同僚とこういう効率化スキルで話が合うと酒がウマくなるってあるだろ? 「あるある」って思えるやつが、自己啓発本に一種の価値を見出すんだ。
 その「わかってる」感がたまらない快楽の一つである。そういうことを、お互いに出し合って快楽の脳汁を出し合うの。「ほれみろポルノじゃん」と言われるわけだが、まあそういう意味ではこの部分はポルノなんだよ。うん、わかった。そうそう、6割はポルノ。それは正しい。お前が勝ち。勝ち組。


 内容も、そんなに難しい概念をいくつも組み合わせて、バック転して出すようなもんじゃない。ある種の人には「あったりまえ」のこと。でも「食事の前には手を洗いましょう」ほどの当たり前さではない。やっぱり、気づいている人と気づいていない人が分けられてしまうような差があるんだ。


 そして、この「確立された効率術」をまったく理解していないダメな同僚がいたら、「あいつはなー」とちょっと優越感にひたる。この本も、第1章は「時間内で結果が出せる人、出せない人はここが違う!」っていう感じで、ネガティブなパターンを書き出しているんだけど、これはダメな人をたたいて、ちょっと優越に浸る感覚。
 まあね、こういうのを、こっそり独りで本で読んだり、酒での席でニヒヒヒヒとか言ってるだけなら、そういうプチ優越感も許してやれよ、と言いたい。そんなもんまで否定したら、生きていけないだろ。人間みなビョウドウってわけじゃないだろ。コミュニストとして言わしてもらうけど。


 そして、「いわれて気づいた新鮮な方法」が1〜2割くらい。自分が思いもしなかったことね。
 たとえば、この本でいうと、「生活の90%をパターン化する」。
 一見「無理だ」と思うけども、「自由時間の捻出」という角度でいうと、仕事時間、睡眠時間、生活必要時間などはわりときまっていて、これをパターンとして意識すると、自由時間がその余白として同時に意識される、というわけだ。


 そして、あとの1〜2割が「アホか」とか「無理無理無理」とか「まあわかるけど今の俺には関係ない」とかいう部分。この部分がもっと広いこともあるけど、そういう本なら、買ったり借りたりはしないだろ。そして、そういう本ばっかりあたると、そもそももう自己啓発系の本は買わなくなるだろうね。


 こうやって仕事についての「方法論」を、自分の中にビルトインする。
 しかし、その方法は100パーセント発揮されるわけではない。いや100パーどころじゃあない。「会議は1時間」とか、そういうのは職場では一種の「革命」をやらないといけないんだから、その効率術のほとんどはひょっとしたら使われずに自分の中にしまわれておくかもしれない


 こういうことをもって、「結局自己啓発本って役に立たないんだよな」という早急にも程がある結論をにぎりしめて、どこかへ行ってしまう人も少なくない。それがお前、「おっちょこちょい」ってんだ。
 そういう「おっちょこちょい」って、いるよ。確かに。存在する。この前、うどん屋で客の注文に右往左往して走り回って、あげくに座敷ですべって客の頭からうどんかけてる兄ちゃんをリアルで見たけど、それくらいおっちょこちょいだと思う。


 だけど、そういう効率化術っていうのは、一種の現状批判なんだ。そうするとちゃんと批判的な精神が育ってくるから、職場のマンネリとか自分たちを客観視できないような狭さを超える芽になってくる。
 いや、いつもそいつが鋭いことをいうとか、画期的な案を出してしかもやってしまうとか、そうなるわけじゃないよ。あくまで芽。可能性なの。そこはそんなに過大な期待をしたらアカン。
 まあ、でもその程度には役に立つんだよ。


 要は「キャリアポルノ」との、つきあい方だ。



 だから、自分が勝間和代になるとか、スティーブ・ジョブズになるとか、そういうつもりで自己啓発本は読んだらダメだけど、酒のんだときの発散と同じでポルノ的快楽を得てウサを晴らすこと、そんでもって数%から10%くらいは効率をあげられるようになること、くらいなら効用はあると思うぞ。そういうつきあいをすればいいだけの話。だから、100パームダとか100%スゴイとかそういう極端な評価はしなくていいってこと。


 あと、左翼のぼくからいわせてもらえば、仕事を効率化することの外側、「そもそもその仕事は社会に有益なのか?」とか「自分が壊れるくらいまで効率化してその利潤は誰が搾取するのか?」とか、そこを考えないとただのドレイマニュアルになるというのはその通り。だから、効率化の視点と、その外側から冷たく観る視線はどちらも持てばいいわけであって、決して両者は矛盾しないと思うんだけどね。