『福島第一原発の一番長い7日間』

福島第一原発の一番長い7日間 こ、これは……!
 すごい。すごすぎる。あまりにもすごすぎる漫画だと言わねばなるまい。


 いや、いま震災関連の漫画とか読んでるんだけど、その1冊として本書が目にとまり、手にとってみたわけですよ。


 もう一度タイトルをよく見てみよう。


東日本大震災、知られざる戦い 福島第一原発の一番長い7日間』


 ふむふむ。
 さらにオビにはこうある。

「人知れず、その男たちは命を賭して立ち向かった!!」
「政府と電力会社の密約!? 原発冷却はなぜ遅れたのか」
自衛隊、涙の戦い 日本が誇る救助部隊の苦闘」
「見えない敵との戦い 史上最悪の原発危機に立ち向かった男たち」

 ほうほう。

 で、開いてみたら「あえてフィクションとして描きました」「この物語は報道関係者、政府関係者などへの独自の取材をもとに構成されたフィクションです」。


 なっ、なんだってー!!

石原慎太郎は「水盃」をしたか?

 たとえばこんな具合である。
 全体が4つの章に分かれていて、その第4章「レスキューの苦闘」。
 福島原発の放水作業にあたることになった東京消防庁ハイパーレスキュー隊が出動するシーンで、石原某激似の都知事とおぼしき老人が訓示をしている。
東京消防庁ハイパーレスキューの諸君 この国の未来を守るため君たちの力が必要である 東京の誇りにかけて君たちの凄さを見せてきてほしい」
 敬礼。厳かな空気が張りつめる。
 そこになんと……
 水盃(みずさかずき)が配られた!

「これは私と君たちとの水盃である…」


 目に涙を浮かべ「できれば生きて帰ってきてほしい――!!」
 熱く語る都知事と思しき男。「頼んだぞ……!」と握手をして送り出すのだ。


 そうか。石原慎太郎は水盃をしてレスキュー隊を激励したのか……と読んだ誰もが思うに違いない。


 しかし、公表された資料ではどうなっているのか。
 そもそも石原はレスキューの出陣の場にはいない。


 当時の菅首相の秘書から電話がかかってきて、出動するまでの経緯を石原自身はこう述べている。

そもそものいきさつは、ある夜、あの(福島第一原発の)爆発が起こってから、阿久津(幸彦 前内閣府大臣政務官)というのは前、私の秘書もしていた、今、民主党に行って、国会議員になって、当時は菅(直人)総理の側近中の側近だったそうだ。その男から電話かかってきて、「警察の放水車をぜひ、福島の原発に送ってもらいたい、お願いします。そのことで5分後に総理から電話かかりますから受けていただけますか」と言うから、「天下の総理大臣閣下からかかってきた電話受けないわけはないだろうに。しかし、テレビにも出ていたけれど、警察の放水車なんか持っていったって役に立たない、仰角が低くて。あんなのは、デモを追い払うためのようなもので、ハイパーレスキュー持って行かなければしようがないんじゃないか」と言ったら、よく分からない。ここら辺が事に対する知識が足りない一つの証左。まあ、これは下っ端だ。5分後、待っていたら、菅から電話かかってきました。「依頼してもなかなか、ハイパーレスキュー隊が行ってくれないんで、事が事なだけに、危険もあるだろうけれども、躊躇(ちゅうちょ)しないで、ぜひ行ってもらいたい」と言うから、それはけしからん話だなと、東京消防庁の総監を呼びましたら、「とんでもございません」と、「今朝、内閣の筋から依頼があって、早朝出かけました」と。(知事定例記者会見2011年9月16日)

http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/TEXT/2011/110916.htm


 これをふつうに読むと、レスキューは出動させたが、何日何時に出たのか知らないし、菅から「来てねーよ」って言われて、あわてて消防庁総監を呼びつけている、それが石原である。


 そもそも国運がかかっているから頼むぞと訓示して握手したのは、石原ではなく、消防庁総監だ。

夜、新井雄治消防総監(当時)から「国運が懸かっている」と訓示があり、隊員一人ずつと握手していただいた。「危険な現場。でも誰かがやらねば」と覚悟を決めました。(東京消防庁ハイパーレスキューの成宮正起の証言、2012年3月12日付東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/feature/tohokujisin/oneyear/120311-1-6.html


 ひょっとして、あの漫画に描かれた激似AV真っ青の「石原」は、総監の新井だったのでは……!?




 右の上図1は本書p.138で訓示をしている男だ。石原は左の図2、新井は右の図3である。分け目といい、メガネといい、どう見ても石原です。本当にありがとうございました。


 水盃はどうか。
 これも、石原自身が次のようにのべている。

それで行って、5時から放水を始めようとしたら、なかなか、現場が混乱して、すぐに放水できないんです。そしたら、「早くしろ、早くしろ」と電話が官邸からかかってきた。現場へ行ってみなければ分からないだろうから、「いや、あまり慌てるな」と、「行った限りちゃんとやるんだから、みんな水杯で出かけていっているんだ」と言って、7時頃から放水が始まった。みんな、水杯で交わして行きました。先発隊の隊長が戻って、聞いたら、「事が事なだけに、私は、隊員たちの奥さんと子供たちにも申しわけないと思って出かけました」と。本当に水杯交わして行った。

http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/TEXT/2011/110916.htm


 ごめん。老人と話しているときに、よくある感じで、説明が要領をえませんね。
 別の石原の証言。

現場で本当に家族と水杯をして出掛けていった隊員にとっては本当に酷というか無残というか…(2011年3月22日都知事記者会見)

http://www.mxtv.co.jp/mxnews/news/201103227.html


 つまり水杯は家族と交わしているということになる。
 

 ひょっとして……「独自の取材」によって、この本の著者は「石原慎太郎ハイパーレスキュー隊と水杯を交わした」という事実をつかんだのかもしれん。でも、どっちにしろ、「独自の取材をもとに構成されたフィクション」だとしてしまったことによって、ワケがわからなくなっているのである。読者はしっかり頭に焼き付いたであろう。「石原慎太郎ハイパーレスキュー出動に涙を流し、水杯をかわして国運がかかっていると演説した」と。


拝命中にケータイが鳴る緊張感

 第3章「志願者たちの想い」も相当なものだ。
 原発事故がおこって、被災地で生存者救出にあたっていた24歳の喜多嶋圭介・一等陸士は原発対策部隊へと「異動」になる。

 拝命中のところになんと陸上幕僚長が……!
 原発事故対応だから、(1)40歳以上、(2)子どもがいて、将来子どもをつくる計画がない、(3)配偶者がいない、という3条件のうち2つを満たす者だけが志願できる。ところが半数は20代、30代だと一見してわかる。
 どういうことだ、たとえばお前はおりろ、と幕僚長は喜多嶋を指して命じる。

自分は…
自分は一生結婚しません!
子供も作りません!
じ…自分は
同性愛者であります!!

 必死で主張する喜多嶋。
 そこに! 
 なんと「ユーガッタメール♪」と呑気きわまりないメール着信音が! 

し しまった
マナーモードにしてなかった!

 「し 失礼しました!」とあわてて、携帯電話をとりだす喜多嶋。手が滑って幕僚長の足下に落ちた携帯の待ち受け画面には……結婚式でほほえむ幸せそうな喜多嶋と新妻の写真が……!

 次々と自分は同性愛者だといって、志願を下りまいとする他の若者たち。幕僚長は唐突にくずおれると、泣き出した。

君たちの国を思う気持ち
しかと受けとめた…
分かった…分かった
ありがとう……


国のために…
命を懸けてくれ


 なんというかコントみたいになっていますが、気にしないでください。

喜多嶋! 貴様 陸上幕僚長の命令にそむくのか!

 幕僚長が3条件を示して喜多嶋に下りろと命じ喜多嶋が拒否したときに、志願者の監督にあたる1佐が叫ぶセリフであるが、監督者であるお前がそもそも条件無視して、20代30代が大半だという現状のまま、志願も受けつけ、正式に異動させ、ここに集めたんだろうが。

 だいたい、陸自は公式には携帯電話禁止じゃないんだっけ。

Q16 携帯電話は、使えますか?
A16
課業(勤務)時間以外に許可されます。なお、教育隊の躾事項として携帯電話を使用できる場所が指定される場合もあります。(自衛隊札幌地方協力本部公式HP)

http://www.mod.go.jp/pco/sapporo/recruit/faq_index.html#q16


 まあ、現場ではそういうわけにもいかんから所持して、仕事に使いまくるっていう現実かもしらんが、原発対策の拝命という超厳粛な場所で、マナーモードにもしていない人間の緊張感って、読者はどう受けとめると思うのかね。


 だいたい、この喜多嶋は、阪神大震災で命を救われた経験からその前の章まで生存被災者の捜索という超重要任務に懸命にとりくみ、原発事故が起きたと新聞記者にきいてスッとんできた(3月16日)という展開になっているんだが、現実には震災発生3週間後に生存者が見つかったように、なんで元の任務を蹴ってきたのか、理解できん。生存者捜索<原発対応、っていう図式がどうしてもできちゃうでしょ。


 そしてやっぱり、この拝命劇が事実なのかフィクションなのか、さっぱりわからんのだよね。


何のために人事院に?

 第1章の「防衛省の戦い」もなかなか凄い。
 防衛大臣はなかなか「大規模震災災害派遣命令」を出すことができない。
 「大臣! 審議官 なにを戸惑っているんです!? 一刻も早く――」と大臣を怒鳴りつける課長クラスの男。こうしている間にも被災者は……。命令をためらう大臣。
 なぜ?
 この命令では部隊が指揮官の命令だけで自由に動き回れるため、シビリアン・コントロールに背くという懸念があるのだ!
 そこでこの課長クラスの男が一計を案じる。
 人事院人事院の管轄! 人事院のもとで動けば完全なシビリアンコントロールになる!


 その手があったか……!!
 10万人もの人事異動の書類をつくって次々ファックス。「わずか6時間後」、自衛隊10万人の人事異動がすべて終わった……。


 あのー、ぼくが頭悪いせいでしょうか。
 何やっているのかよくわからないんですけど
 これはさすがにフィクションでしょうけど、現実にこの人事院うんぬんの手段とらなくても「大規模震災災害派遣命令」を震災発生当日の午後6時に出してますよね?
http://www.mod.go.jp/j/press/news/2011/10/21c.html


 そして人事院が人事異動したからどうだというんでしょうか。部隊が動くたびにぜんぶいちいち人事院が異動させるんでしょうか。そもそも国家公務員の採用や転任の任命権者は人事院じゃなくて各大臣だし、人事院はただ人事のルールを示したり調整をしたりするだけだと思うんですが違うんですか。


「300mSvの放射性セシウムを浴びてしまいました」

 間にはさんである「小説」もどきも香ばしすぎて戸惑います。
 「朝日新聞」という現実の新聞社の記事名での転載があったかと思うと、そのあと「毎朝新聞」というバリバリ架空の新聞社の記事がまぎれこんでいて……。
 あと、

決死隊全員、300mSvの放射性セシウムを浴びてしまいましたので

という表現とか、体がムズムズする。理系のオタクみたいに細かいことは言いたくないけど、なんで原発爆発の現場で「浴びる」放射性物質を「セシウム」だと断じるのか、それと「300mSv」の「放射性セシウム」を「浴びる」というのは、放射性物質から出る放射線を300mSv浴びるという意味だろうが、その、なんというか。

人間が一生で浴びても平気とされる放射能セシウムの許容量は確か100mSvだ。300mSvもの放射性セシウムを短時間で浴びたとなれば、将来、健康被害が出るのは100%、間違いない。(p.161)

 えーっと、一時的な精子数の減少みたいな急性障害は確実に出ますけどね。それと確率的影響は300mSvあびても100%出るわけじゃないんですが。


 もういいだろう。
 つっこみたいところはいろいろあるよ。他にも。

 ルポをつくるかわりに、虚構によって再構成することで現実がわかりやすくなる、ということは確かにある。
 しかしこの漫画は明らかに失敗しているのだ。
 随所に出てくる「国を思う心」が強調される結果になり、うんざりしてくる。

 ぼくは震災において自衛隊東京消防庁のレスキューは実によく働いたと思うし、それが健全な意味での愛国心を助長したとも思う。

 しかし、これは素直にルポにすればよかったと思う。妙なものを交えたことによって、かえって台無しになってしまっている。