林まつり『ダンナは海上保安官』

 『ダンナは海上保安官』はタイトルのとおりの4コマコミックエッセイである。

ダンナは海上保安官 職業に焦点をあてたコミックエッセイは、その職業の知られざる点を掘り下げるというだけでも、つまりネタの発掘だけでもかなり楽しめるものである。
 シャコが船から出た人のウンコを食べているのを見てからシャコが苦手になるとか、シケのときの海上保安庁の船の中ではフロもシケているとか、海上で浮輪をみつけると大騒動になるがビーチボールでは出動もしないとか、そういう「知られざる職業の小ネタ」というものは、もう本当にそれだけで美味しい。調理しないで食べられる生野菜みたいなものである。
 ぼく基準で申し訳ないけども、「マンボウはちょくちょく船の上から見かける」として3コマ分でその間抜けきわまる寝姿を描写するだけでも愉快だ。
 ただ、4コマ目で漁船に引かれて粉々になるという間抜けの極みというか、ある意味強烈なオチを用意したり、マンボウを見つけてなごんでいた客をよそに客船の船員がマンボウをあっさり殺して食用にしてしまうこれまたキツい裏切りのオチを描くのは、やはり作者・林まつりのチカラであろうが。

 とはいえ、やはり個別の職業に焦点をあてたコミックエッセイは、取材する能力=ネタを探し出せる力があれば、マンガとして料理する腕はどうあろうとも一定の水準で楽しめるものが多いのではないかと思う。
 「個別職業ものエッセイコミック」はつくづく鉱脈であると思うが如何。

 本書は、あえて区分させてもらえば、1章の途中、45ページまで(全体130ページ)で「海上保安庁ネタ」はだいたい尽きてしまう。実は、そのあとは結婚式の話、第2章は北海道の田舎町にひっこしての苦労譚、3章はアウトドア(キャンプ)のエピソードなのである。
 いやいや海上保安官ネタも出てくるよ、といえばそうなんだが、職業を掘り下げるという味付けが薄くなる。それよりも田舎町で何を基準に部屋探しをするのかとか、ゴミの分別の厳しさとか、そういう生活ネタの方が興味がわく。
 それで3分の2を埋めてしまえるというのもすごいことだ。

 別の言い方をすれば、「人の生活を覗き見る」という視線だけで、コミックエッセイを読み進める推進動機があるということだ。

 なんかマンガとして全然力がないみたいな書き方になってしまったかもしれないが、このマンガを何度もくり返し読んでいるということは、強力な事実である。これはぼくがマンガを読み解く力が低く、林の埋め込まれた技法を理解していないせいであろうか、それとも職業をつづるコミックエッセイというのもがジャンルとしてすぐれているということであろうか。