坂田聡『苗字と名前の歴史』

 2006年に出ていた本であるが、最近福岡市の博物館の1階にある小さな書店に立ち寄った際に立ち読みし、面白そうなので購入した。

 

苗字と名前の歴史 (歴史文化ライブラリー)

苗字と名前の歴史 (歴史文化ライブラリー)

  • 作者:坂田 聡
  • 発売日: 2006/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

 ぼくの問題意識は「氏と苗字はどう違うのか」というものだった。さらに言えば「『夫婦別姓』などというように『姓』はほぼ苗字の意味で使われているが、氏と苗字と姓はどう違うのか」ということだ。

 自分の家系を調べていると藤原氏の系譜ではないかと考えられたのだが、途中で「宇都宮」を名乗っている。黒田如水に暗殺された宇都宮鎮房と同じ流れになるあの「宇都宮」である。それがやがて「カミヤ」になるのだ。

 なので、漠然と「藤原氏なら藤原氏という氏族が広がりすぎて、それを地名や通り名などで家ごとに分けていったのが苗字ではないのか」くらいに思っていた。

 

 結論から言えば、「氏は天皇から与えられた血縁グループの名前であり、苗字は中世に家産の管理単位である家が成立し、その家の名前として自分たちで私的に名乗り始めたもの。氏と姓は古代の段階で同じ意味になった」というのが本書を読んでのぼくの理解である。

 

氏と姓の同義化

 「氏姓制度」がよくわからない。高校教員(その後大学教授)だった坂田も「日本史を学ぶ生徒の多くが、なかなか理解できない制度の代表格」(p.22)と述べている。『日本史大事典』などを引いて坂田がまとめたのは、氏(ウジ)はだいたい上記の通りだが、臣・連・造などの姓(カバネ)は「その氏が国政上に占める地位を示した」という。

 つまり姓(カバネ)はぼくの理解では地位の重さを表しているのだが、同時にそれが役職(職務分掌)的な色彩も持っているというものだ。姓(カバネ)にはいろんなニュアンスが入り込んでいるので、とりあえず「国政上の地位の重さ」、階級のようなものとおさえておけばいい。

 名前の歴史を調べる上で大事なことは、この氏(ウジ)に与えられた姓(カバネ)は、律令体制の確立にともなって、つまり大陸の影響を受けた官僚機構の成立によってほとんど形骸化してしまい、平安時代になった9世紀にはその形骸化が決定的なものとなり、古代の段階ですでに氏と姓は同じものとなったのである。姓を「カバネ」と呼ばず「セイ」と呼ぶようにもなった。

 氏と姓の同義化、つまり氏=姓となった。

 天皇から与えられた血縁グループの名前として「氏」「氏名(ウジナ)」といい、「姓(セイ)」というようになったのである。

 

家の名としての苗字

 坂田によれば、苗字が生まれるのは、南北朝の内乱期であるという。

 それまでの分割相続から、単独相続となる。

単独相続を前提とした家産が成立とすると、父から長男へと先祖代々家産を継承する、永続性を持った家が出現することになる。……世代を超えて永続する家は、それを構成する個々人から独立した組織体であり、そのような組織体を識別するためには、組織体独自の名が必要となってくる。ここに、家という組織体そのものを指し示す呼称として、苗字が成立したのである。(本書p.34)

 これは武士の話ではないか? 庶民、農民はどうだったのか、という疑問も起きると思う。

 坂田は

遅くも一五世紀中には小農民が自立を遂げ、一六世紀の戦国時代あたりに彼らのレベルでも家が形成されて、〔今日の私たちが自国の「伝統」だと考えるような社会システム・生活文化・習俗などを含んだ〕「伝統社会」が成立した(p.175)

としている。

 坂田は社会学者の鳥越皓之による、3点の、家の特色を紹介している。

  1.  家産を持ち、それにもとづく家業の経営体である。
  2.  先祖を祀る。
  3.  家の直系での永続と繁栄を祈る。

 1.は農家が典型的だ。2.と3.は一体のものだ。家産を受け継いでいくことを軸にして生まれるイデオロギーであろう。

 既視感あり。これは見たことがある。

 まさにぼくの実家の亡くなった祖父母であり、それを受け継いでいるぼくの父母だ。

 彼らは律儀に法要を行い、仏壇を前に毎日「おつとめ」をし、3日に一度は墓参りをして墓の花を取り替える。彼らにとって仏教は生死についての精神コントロールをするブッダの教えではなく、先祖供養という土着宗教なのである。家産を守り受け継ぎ、先祖を祀ることで家を継承する。その家の継承を自分の生きる意味とし、死はその家の先祖たちの列に加わることである。子孫に受け継がれ、仏壇や墓が管理され、代々供養されていくことに大きな意味があるのだ。

 そこに生きる意味を見出さないマルクス主義者のぼくは、生きる意味を別のところに見出している。

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氏(姓)と苗字の違い

 といっても、氏(姓)と苗字の違いがよくわからないかもしれない。

 前提としていっておくが、現代ではこれらはほぼ全て同じものとして扱われているし、近世(江戸時代)にはこうした「同じもの扱い」がすでに行われている。だから「よくわからない」のは仕方がないのである。

 坂田は氏と苗字の違いを3点にわたって説明している。

 その説明は本を読んでもらうとして、その説明をもとに、いかにも日常の会話で出そうなQ&Aにしてみる。

 

Q「苗字と姓って違うの?」

A「今は同じ意味だね。もともとは別のものです」

Q「別だったの?」

A「古代に天皇から、その血族グループに与えられた名前を『氏』って言ったんだよね。藤原氏とか大伴氏とかあるじゃん。苗字は中世になって、家ごとに長男が土地を受け継ぐようになって自分たちで名乗り始めたものなんだよね」

Q「さよなら」

 

 おいおい、行っちゃったよ!

 しょうがねえじゃん。難しいこと聞いてんだから。

 気をとりなおして。

 

Q「苗字と姓って違うの?」

A「今は同じ意味だね。もともとは別のものです」

Q「別だったの?」

A「姓は古代、古墳の時代とかにできて、苗字は中世、鎌倉幕府がなくなったころくらいにできたんだ。藤原道長だと『ふじわらのみちなが』って『の』が入るよね。これが姓。だけど、足利尊氏だと『あしかがたかうじ』であって『あしかがのたかうじ』とは言わないよね。これが苗字なんだよ」

Q「ホントだ。『おだののぶなが』とは言わないよね。じゃあ『の』が入るのが姓で、入らないのが苗字ってことか。わかった」

 

 違う。いや違わないんだけど、それは表面的な理解であって、そういうことを言ってんじゃねーんだよ。ちなみにこの「の」による判別方法は岡野友彦の見解として本書p.39-41に紹介されている。豊臣秀吉の場合、「木下」「羽柴」は苗字だが、「豊臣」は天皇から賜った姓(氏)であるから本当は「とよとみのひでよし」が正しい……ってそんなトゥリビャルな部分じゃなくて。

 もう一回行くぞ。

 

Q「苗字と姓って違うの?」

A「今は同じ意味だね。もともとは別のものです」

Q「別だったの?」

A「姓は大昔に天皇からもらった、血のつながりのある一族、血族のチーム名なんだよ。血のつながった子孫なんていうのは、後になるほど、どんどん広がっていくから、中央でも地方でも、例えば『藤原』って名乗る人はいっぱいいたんだよね。もう遠い遠い関係になってもそれでも『チーム藤原』の一員だっていうことになるわけだ」

Q「へー。じゃあ苗字は?」

A「家ごとのもので、家の名前なんだ」

Q「うん? 血族って血のつながりでしょ? 血族と家って同じじゃないの?」

A「血族っていうのは遠く遠くをたどっていって血のつながりがあることになっていれば全部そのチームに入るんだ。だけど家っていうのは、ここでは家の財産、例えば田んぼとか畑のようなひとまとまりの土地だよね、その土地という財産をもって管理している経営組織体のことなんだよ」

Q「経営組織体?」

A「ほら、農家とかそうじゃん。田んぼが1ヘクタールあって、畑が2ヘクタールあって、それを家族で耕して、そこの収入で生活して……って」

Q「ああ、なるほど」

A「それまでは土地は兄弟で分けていたんですが、鎌倉時代の終わりくらいから、長男だけが相続するようになって、その土地とかの財産を守って管理していく単位が家になったんですよ。だから家のシンボルである名前が必要になったんですね」

Q「そうか。兄弟は同じ血縁関係者だけど、その土地は管理してませんものね」

A「だから、家の名前は、苗字だけじゃなくて、例えば代々『伝兵衛』というのを長男は襲名するとか、あるいは苗字じゃなくて、その家屋敷のことを屋号で呼んだりするようになったんです」

Q「やごう?」

A「同じ苗字だらけの地域の選挙とかで、同じ苗字でしかも同じ名前がいっぱいいるので、よく使われているよね。その家で代々襲名されてきた名前か、職業などがそうだ。例えば東京の神津島だと『げたや』とか『治エ衛門』とか」

Q「ふーん、家の名前を表すものがいろいろあって、その一つが苗字なんですね。でも兄弟で同じ苗字って普通ですよね」

A「うん。兄弟が独立しても同じ苗字を名乗ることは普通によくあることだったんだよね。だけど同じ苗字でもあくまでも家の名前であって、それがたまたま同じだったってこと。特に庶民は兄弟で独立しても同じ苗字を使うのが普通だったんだ」

Q「ああ。うちの実家の集落も、100世帯くらいだけど、カミヤ、ナカムラ、ヤマシタ、カトウ、スギウラが占めてる。どんどん独立して言ったけど、兄弟で同じ苗字を使ったんだろうね。今ではもう血縁があったかどうかもわからないんだけど。だからあなたの言うところの屋号でよく呼んでたね。『表具屋』とか『長十郎さ』とか」

A「苗字があって、家の財産=土地があって、それを先祖代々受け継いで、お盆にはその先祖のお墓詣りをして、やがてそのお墓に入って、子どもは結婚してその家を継いで……ということを強く強く願うような風潮は、家の成立とともにできたんだ。だから、保守派の中で夫婦が同じ苗字で家を継いで子どもを産めよオラって、セットでイキっているんだね」

Q「みんな農家じゃなくなって土地っていう財産や家業を受け継ぐ単位として家を意識しなくなったし、兄弟で独立しても男性は苗字を変えないことがほとんどだから、もう『家の名前』としての苗字を意識することはなくなったよね。むしろ血族のつながりとしての姓(氏)の意味に近いよね?」

A「まあ、姓(氏)が『天皇から与えられた』っていう点を無視したらそうだよね。もう苗字=姓(氏)っていう意識になるのは当たり前なわけだ」

 

夫婦別姓」、女性の名前

 本書は、「夫婦別姓」や女性の名前についても論じている。

 夫婦別姓については「夫婦同苗字」であるとして、その起源は、一部のリベラルがいうような「せいぜい明治以後の100年」というものではなく、江戸時代の庶民にも苗字があったとしつつ、保守派のいうような日本古来のものではなく、せいぜい南北朝に始まり、戦国時代に確立したほどのものである、としている。

 女性の名前については、幼名から成人の名前に変わることによって一人前の共同体メンバーになるという意味合いがあるのだが、社会的地位の低下によって幼名のままというふうになった、的な話が書いてる。例えば「鶴」とか「菊」のような動植物の名前は幼名(童子名)であるが、そのままだったわけである。

 「藤原氏女」というのはぼくらが考える近代的な固有名ではないが、それでも「藤原氏のメンバー」という血族の成員扱いではあった。

 ちなみに下記は文永5年(鎌倉時代)の文書に出てくる女性名である。

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坂田聡『苗字と名前の歴史』(吉川弘文館)p.140

 「米女」「ライス女」w

 このように、ジェンダーの視点からも書かれているのが本書の特徴の一つである。

俺もヒョンビンになれる 「愛の不時着」考

 熱心な同僚に勧められて「愛の不時着」を観る。

 韓国の財閥の令嬢であり、有能な会社経営者である女性ユン・セリがパラグライダーの事故で北朝鮮領内に不時着してしまい、北朝鮮の将校であり実は政府高官の息子である大尉リ・ジョンヒョクと恋に陥るという物語である。

 ハマって観ていた、と言って差し支えない。

 ハマった理由はいくつもあるのだが、例えば「北朝鮮の生活」に大いに興味を持った。

 もちろん、国連で壮絶な人権実態が報告されている現実においてこのような「牧歌的」な描き方が一つのファンタジーだとする批判があることは承知している。したがってこれを北朝鮮の「実態」として扱う気は毛頭ない。あくまで「韓国ドラマが描く北朝鮮像」ということである。

www.mofa.go.jp

  ただし治部れんげによれば「脱北して韓国に住む人物が監修したそうで、北朝鮮出身者からも、かなり実態に近いと高評価を得ている」ということだから、一定の裏付けがあるとは言える。

 

ヒョンビンに見惚れる

 しかし何と言ってもハマったのは、リ・ジョンヒョク大尉を演じたヒョンビンに見惚れてしまったからである。

 これは一体どういう感情であろうかと思い、ふと渡辺ペコ『1122』に出てくる女性主人公が、若いフーゾクの青年に見惚れる自分の心情を次のように解説していたことを思い出す。

こないだ動物園に青年と行ったとき

すごいきれいだなーと思ったの

骨格は美しくて肌はつるぴか

筋肉もきれいについてて

イケメンとかそういうのより

肉体が動物としてのピークに近い神々しさを感じるというか

(『1122』6巻)

 これか? これなのか? と思ったのだが、いややっぱりイケメン(韓国ドラマで出てくる言い回しで言えば「顔天才」)だからだろとも思った。

 そんな中で、やはり治部れんげの「韓流ドラマ「愛の不時着」が描く、ポスト#MeToo時代のヒーロー像。」という論考を読んでああこれかも、と思った。

www.vogue.co.jp

 

中でも「大好きなシーン」と多くの人が口をそろえるのは、第4話のラスト近く。北朝鮮の市場で迷子になったセリが途方に暮れていると、ジョンヒョクがアロマキャンドルを片手に探しに来てくれる。数日前には普通のろうそくとアロマキャンドルの区別がつかなかった彼は「今回は香りがするろうそくだ。合ってる?」とセリに尋ねる。

これは単なる「胸キュンシーン」ではない。

まず、アロマキャンドルなど知らなかった、ジョンヒョクの質実剛健な半生が垣間見える。加えて「君を探していた」などと陳腐なことは口にしない潔さ。何より、自分が手にしているものが、相手の希望と合っているか確認する行動が重要だ。ここに、ドラマ全体を貫くジョンヒョクのセリへの態度が表れている。彼女が困っている時、自分が行動するのは当たり前。何より大事なのは彼女の意思が尊重されることだ。

 

 治部はジョンヒョクの描き方を「『有毒な男らしさ』へのアンチテーゼ」として捉える。

 「寡黙で無骨、しかし強くて優しい男性」「愛した女性を守る男性」というのは「古典的な男らしさ」のように思える。

 しかし、まず「愛した女性を守る」という点について言えば、片務的なものではなく、実は、ジョンヒョクが韓国に行った時、こんどはジョンヒョクの命が狙われ、それをセリが守るのである。つまり「女性を守る男性」という一方的な構造ではなく「愛する男性を守る女性」というもう一方の姿が描かれ、ドラマ全体では双務的で均衡のとれた構造になっている。

note.com

 またジョンヒョクは「寡黙で無骨」ではあるが、「強くて優しい」。その強さや優しさは、女性の生き方や人生・生活を尊重するように発揮されている。セリを帰そうとしないとか、一方的に生活を押し付けるとか、そういう態度は乏しい。不時着したセリの「わがまま」とも思える生活要求に丁寧に付き添って、出来るだけそれを実現させようとする。

ジョンヒョクに体現される男性像は、「私の意思を尊重してほしい」という現代女性の願いを反映している。自立して生きられる女性たちは、もはや「俺についてこい」という男性を必要としない。

https://www.vogue.co.jp/change/article/crash-landing-on-you

  「私の意思を尊重してほしい」という要求に応えていることは、「女性につくしている」ということではない

 対等な相手として交渉するということである

 なぜなら、現実的な生活で相手の意思を無視せず、まず尊重する。尊重するというのは、丸ごと飲み込むことではない。可能なものは実現するけども、難しいと思えることや自分の要求と相反するものは交渉を始めることになる。妥協点を探るわけだ。

 現実的な生活としては、相手の意思を尊重した上で交渉が開始されるわけで、男女が交渉に疲れてヘトヘトになる、という局面だってありうるのだ

 『逃げるは恥だが役に立つ』の新章では、みくりと平匡が例えば出産準備について交渉をする。その交渉は疲弊の連続でもある。

 「みくりを全力でサポートする」と宣言する平匡を全力で批判するみくりの必死の表情、平匡の勘違いを正される不安の表情をみよ。

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海野つなみ『逃げる恥だが役に立つ』10、講談社、p.61

 現実には多分こんな感じなのだ。

 だけど、「愛の不時着」のジョンヒョクはそういう現実生活の垢が削ぎ落とされて、美しく理想化されている。そう、まさに理想化されているのだ。平匡に大いに好感を持ったぼくは、だからこそジョンヒョクに好感を持ち、しかもその美しさに見惚れたのであろう。

 「私の意思を尊重してほしい」とは対等な相手との交渉のスタートであるとすれば、ヒョンビン扮するジョンヒョクは平匡であると言える。

 ジョンヒョク=平匡。

 となればですよ。

 平匡になら俺でもなれるような気がするし、ということは俺はジョンヒョクすなわちヒョンビンになれるってことですよ!

 

 

 

「しんぶん赤旗」日曜版で「未来少年コナン」について書きました

 「しんぶん赤旗」日曜版(8月9・16日合併号)で「未来少年コナン」デジタルリマスター版について1000字ほどで書いています。

 1000字、というのは一定分量を与えられていることになりますが、このアニメについて、あるいは宮崎駿について新しいことを述べつつ、編集側からの要請を踏まえて書くというのはなかなか難しいなと思いながら書かせてもらいました。

 まず「デジタルリマスター版」という点についてですが、そこを掘り下げる気は無いけどいいですかと編集の方に確認したところ、それは構わないという了解をいただきました。なので再放送をしているという簡潔な事実と、どんな感じで毎週それを見ているか書きました。個人的なことを書いたことになりますが、それによって1978年当時の子どもの時の感覚と2020年の現在の感覚の重なりを普遍的に描こうと思いました。

 

 編集の方からは、宮崎アニメにおける「未来少年コナン」の位置づけ、スタジオジブリ結成前のアニメ界の状況等々もふまえながら、書いてほしいとのことだったので、前者は初監督(当時は「演出」とされた)という意義を簡単に書いた上で、後者は「宇宙戦艦ヤマト」に代表されるような、アニメが「青年のもの」になりつつあった中で、「子どものもの」としての位置付けをし直す作品として描きました。

 そこから、実は1970年代の子ども文化運動の文脈で登場してきたことを、以下の記事の観点で描きました。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 その上で子どもの視点で見るときの楽しさを以下の記事を踏まえて書きました。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 そして、子どもの作品として「都市と農村」「文明と自然」「階級支配」などの社会的なテーマが織り込まれており、それが大きな魅力なのですが、全部長々と紹介するわけにはいきません。

 上記のような論点や事実を書いた上で、端的にその魅力を伝えなければならないので、どこを取り上げるか迷ったのですが、やはり第1話で登場するモンスリーがおじいに言うセリフだろうと思いました。

 並みの作品なら、おじいが武器をふりまわすモンスリーら行政局職員に対して「お前たちはまだこんなことをやっているのか」と戦争批判をするところでとどまってしまうでしょうが、それに対して、モンスリーが大人の責任を突きつけるところが凄い。そのセリフを割と長めに紹介しました。

 あのセリフは聞くだけで、戦争の責任というものをどう考えるのか、胸に迫るものです。「赤旗」読者であればすぐにわかってくれるだろうと思って書きました。

「ペストで農業労働者の賃金が高騰した」っていうけど農奴なの? 労働者なの?

 「パンデミックは世界を変えるきっかけになる」という命題があって、ペストが中世を大きく変えた話は、いろんな人がしているよね。

 

ペストがヨーロッパ社会に与えた影響は、少なくとも三つあった。第一に、労働力の急激な減少が賃金の上昇をもたらした。農民は流動的になり、農奴やそれに依存した荘園制の崩壊が加速した。表21は、ペスト流行前後のイングランド南部のクックスハム荘園の損益計算を示している。地代や小作料、穀物や家畜の販売収入が減るなかで、荘園労働者に支払う賃金が増加していることがわかる。その結果、労働者の購買力は上昇し、彼らはそれ以前には経験したことのない経済的余裕をもつことになった。第二に、教会はその権威を失い、一方で国家というものが人々の意識のなかに登場してきた。第三に、人材が払底することによって既存の制度のなかでは登用されない人材が登用されるようになり、社会や思想の枠組みを変える一つの原動力になった。結果として、封建的身分制度は、実質的に解体へと向かうことになった。それは同時に、新しい価値観の創造へと繫がっていった。(山本太郎感染症と文明」KindleNo.664-672)

 

増田 ……農作物が採れても、(ペストで)人口が減りますから、供給過剰になって、農作物の値段が下がります。農作物を供給するのは貴族や地主の特権階級。彼らにとって人口減少は危機です。働く人が減ったから賃金は上がる。しかし人が減ったから農作物はダブつくので、価格は下がる。その結果、特権階級は、農作物を売って入ってくるお金は減ってしまうのに、土地を耕す農民たちには高い報酬を払うことになります。これで両者の関係は逆転し、貴族や地主などの特権階級が没落します。こうして人々の平等化が進みます。……

池上     ペストにより人口が減ったことで、中世初期の農奴制が変化して、社会的流動性が高まったわけですね。

池上彰増田ユリヤ感染症対人類の世界史』Kindle No.917-924)

 

 

感染症対人類の世界史 (ポプラ新書)
 

 

 

 これらの説明に共通しているのは、“ペストで人口が激減したために、賃金が上がった。そのために農民の地位が高くなった”というニュアンスである。

 共産党志位和夫も、マルクスの『資本論』を紹介しながら、そのことをよく話している。

ペストは、ヨーロッパ社会に大きな影響をあたえました。当時のヨーロッパは、農奴制のもとで、貨幣経済が徐々に進行し、農奴がしだいに領主に対する人格的な隷属から解放されて、小作人や自由農民になる過程にありました。そこに猛烈なペストが襲来し、農村人口が激減しました。極端な労働力不足が発生し、農業労働者の地位が向上し、その賃金の高騰が生じました。農奴の自由農民化が進行し、14世紀末には農奴制の崩壊が進み、やがて完全に崩壊するにいたりました。こうしてヨーロッパの農奴制は没落し、中世は終わりをつげ、資本主義の扉を開くことにつながっていったのであります。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-17/2020071707_01_0.html

マルクスの『資本論』を読むと、第1部の第8章「労働日」に、ペストにかかわる叙述が出てきます。14世紀なかばのイギリスで、エドワード3世の時代――1349年に、「最初の『“労働者規制法”』」がつくられたと書かれています。ペストが人口を激減させ、農業労働者の賃金の高騰が起こるもとで、力ずくで賃金を抑えることが必要となりました。こうして「労働者規制法」が歴史上初めてつくられました。しかし、一片の法律で、この流れを止めることはできず、繰り返し同様の規制法が制定されました。

 マルクスはこの章で、「標準労働日獲得のための闘争」の歴史を、二つの歴史的時期に分けて描き出しています。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-17/2020071707_01_0.html

   この志位の発言について、ぼくの身近にいる、ある左翼仲間から、農奴制とは何か」「賃金をもらう農業労働者のように読めるが、農奴ではないのか」という疑問が出た。

 農奴というのは、土地に縛り付けられ、領主からこき使われている奴隷のような存在ではないのか? 年貢みたいに取り上げられているんじゃないのか? その人たちに「賃金」を払っていたの? それにいかに人口が減ったとはいえ、そいつらから搾り取ればいいんじゃないのか? だいたい賃金を払っていたら、それは労働者っていうことじゃないのか? という疑問である。

  

 

 最近の歴史学の到達というものはあるんだろうけど、志位がマルクス主義歴史学の古典的な命題を使って考えを述べているのだろうから、ぼくもそういう範疇で答えてみる。

 

 農奴制は、中世の封建制下の生産様式である。

  • 農奴は、奴隷と違い、土地や農具などの生産手段を持つ。
  • しかし農奴は、領主から土地を「与え」られおり(分与地)、近代労働者と違い、領主に人格的に強く従属し、移動もできない「半自由民」だった。
  • したがって、はじめは、領主の土地(直営地)を週何日か(例えば週3日)無償で耕すことを強制されており(賦役=労動地代。領主の土地で働くことが搾取そのもの)、それ以外にも分与地での収入に対しても様々な租税をかけられていた。これが農奴に対する領主の搾取(剰余生産物の取得)であった。

 こうした特徴を持っているとされている。

 いくつかの文献にあたったが、肝心のところがわからない。

 例えば、石坂昭雄・船山栄一・宮野啓二・諸田實『新版西洋経済史』(有斐閣双書、1985年)だと

イギリスの荘園制(マナー)は、アングロサクソン時代の土地所有関係のうえにノルマン征服(1066年)によって大陸の制度がいわば継ぎ木されて確立したが、13世紀にはマナー制の最盛期を迎えた。

……14世紀に入ると賦役農奴制に立脚したマナー制は急速に崩れ、直営地は農民に貸し出され、賦役は金納化されて定額の貨幣地代が成立する。14世紀半ばに黒死病が大流行して労働人口が激減すると、領主にとって直営地の維持はますますに困難になった。

……これらの事件が賦役の金納化(commutation)の傾向を促進したことはいうまでもない。賦役から解放された農民や手工業者達は余剰生産物を近隣の市場で互いに売買し、しだいに貨幣的富(民富 commonweal)を蓄積するようになる。(前掲書p.50-51)

となっている。他人の土地を無償で耕す労働地代(賦役)が農奴の意欲を削ぐから次第に生産物地代・貨幣地代に移っていく、というのはなんとなく想像がつく。

 

 

 しかし、直営地が耕されなくなったら本当にヤバいので、無理にでも働かせようとするのではないだろうか、という疑問が生じる。

 人口が減って需給関係で直接生産者(ここでは農奴)の力が強くなっているのであれば、仮に労働地代のままであったとしても、直接生産者側が強気に出て労働地代を減らさせるように作用するのではないか? という疑問もわく。

 すなわち「なんとなくわかるけど、まだぼんやりしている」という感じなのである。

 しかし、ある概説書でその点がだいたい説明されていて「これだ」と思った。

 

 まず、領主の直営地がどのように耕作されていたか、という話。

領主は直営地の経営のためには、常雇労働者たち(famulii)を雇用して直営地耕作はもちろん牧畜(馬・牛・羊など)経営をおこなわせていたが、かれらの労働力では不十分であったので、農民からの賦役などを必要としたのである。(加勢田博編『概説 西洋経済史』昭和堂、1996年、p.30)

 

 

概説 西洋経済史

概説 西洋経済史

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 つまり、直営地は常雇労働者たち(famulii)が耕作していたが、それだけでは足りないので分与地を持っていた農民が賦役として駆り出されていた、ということになる。この「常雇労働者たち」が志位の言う「農業労働者」なのであろう。

 

このような状態のところへ、凶作と黒死病とが相次いで発生し、14世紀後半の人口減少をもたらした。領主が荘園を維持し直営地耕作を自らの手でおこなうためには、隷農たちからの賦役代納金などで、小屋住農その他の労働力を雇用しなければ〔な〕らないが、労働力が不足している故に労働賃金は高騰した。したがって、イギリスでは、1349年に「労働者条例(statute of laboures)を出して、賃金抑制をはかったが、その効果は無かった。(前掲書p.44)

 

 さっきの「常雇労働者」はここでいう「小屋住農その他の労働力」であろう。また、この「常雇労働者」の賃金は、農奴(隷農)たちの分与地からの租税を元手にするのではなく、農奴(隷農)たちが領主直営地を賦役する代わりに支払われているお金(賦役代納金)で拠出されているということになる。

 しかし、さっきの記述との関係でいうと、少々おかしい。

 なぜならさっきは“直営地を耕している中心は労働者で、足りないところを農民の賦役で補っている”かのように書いていたからである。しかし、ここでは“労働者の賃金の原資が農民が賦役のかわりに差し出しているお金(代納金)でまかなわれている”とされている。もともと賦役がメインでそれをお金にかえて、それが労働者を雇う原資になっている、という意味にしかとれないのだ。

 思うに、後者の方(賦役メイン→雇われ労働者メイン、という時系列)が正しいのではないか。

 つまりこういうことだ。

 もともとは直営地はすべて農民の賦役でやっていたが、それが次第に「お金で勘弁してくれ」と代わるようになった。町内会の草刈りに出る代わりに1000円払うようなものだ。領主の土地なんかどうせ作物を取り上げられるんだからバカバカしくてやってられないのである。また、やる気のない農民がみんなでよってたかっての耕作だからいかにも非効率そうだ。

 とにかくそうやって集まったお金を原資に労働者を雇って直営地を雇いはじめたのだろう。

  したがって、すでに賦役は金納に代わりつつあることが前提である。

 このことは、上記引用の前の段落に書いてある。

 

 商業の復活以来、貨幣経済の進展・普及が漸次農村に及んできた。これに加えて、十字軍による経済的打撃が封建領主を襲い、かれらは貨幣収入の増大をはかった。そこで、農民の土地保有にかかわる地代は最初現物提供であったが、次第に一定額の貨幣地代に転化した。さらに、中世後期になると、賦役労働そのものが低能率であり、領主の側からは賦役その他について農民を取り締るのが困難となってきた。農民にとっても、農繁期における臨時賦役は苦痛であった。都市と農村との間の商品流通を仲介する週市が存在していたので、この市場の存在は農民にとって貨幣入手の機会を提供していた。

 貨幣獲得の必要に促された領主は次第に賦役を貨幣代納(commutation)に変化させていった。(前掲書p.44)

 

 

 領主自身がもはや金納化は逆らえない流れとして認めていっていることがわかる。

 ペストの直前には、もはや直営地は農民の賦役ではなく、金納が中心となり、雇われた労働者が耕すのが主流になっていたのだろう。残りの部分を農民が賦役でまかなっていたのに違いない(ここはぼくの推察)。こうした中での直営地部分を実際に耕す労働者が賃金高騰でいなくなってしまっているということなのだ。

 これを農民(農奴)への抑圧の強化・徴税強化で乗り切ろうとしたことへの反作用が「ワット・タイラーの乱」である。

 

もっとも、領主のなかには領主による直営地耕作を依然として続行するものがいた。イギリスの場合、……労働者条例の効果が芳しくなく、労働賃金の高騰に直面して、領主は地代額・賦役を旧時代(1347年)の水準に戻そうとする措置をとった。いわゆる封建反動(feudal reaction)である。これに対して、農民たちは激しく抵抗し、一揆を起こした(たとえば、1381年のウォット・タイラーWat Tylerの乱)。(前掲書p.46)

 

 この結果、領主は二つの道を選ぶ。

 一つは、直営地経営を放棄して、それを誰かに貸し出し、借地料の「あがり」を期待するということだ。

 もう一つは、営利的経営に乗り出すということである。高い労働者を雇ってもなお儲けが出るような高い商品をそこで作って売るようにするわけで、これは才覚が必要になる。

 

第1の場合には、農民などからなる請負農業経営者(tenant-farmers)に、土地のみならず種子、農具一切を長期的に賃貸(stock and land lease)して、一定の貨幣収入を獲得することを意味する。この直営地の経営方針の変更は、封建的土地貸借とは異なる、貸借当時〔事〕者間に何らかの身分的隷属関係を伴わない土地貸借関係をもたらしたのであって、古典荘園の解体と地代荘園への転換を招くことになる。このような形での農民解放への動向も土地保有の保障を失うという面からいえば必ずしも農民にとって喜ぶべきことではなかった。貨幣経済に巻き込まれる機会が多くなるにつれて、経営能力を問われる農民の間には貧富の差が激化し、土地を失った貧困者は自由な労働者としての生活不安に直面しなければならなかったからである。(前掲書p.45)

 直営地から上がる収益について、封建的土地貸借の場合は、農業労働者に渡す生活費分を控除して、残りを領主が持っていく。新しい貸借関係では、この収益は耕している農民に入り、領主はそのレンタル料となる地代をもらうだけになる。

 第2の道は「囲い込み」へと発展していく。

 

 もともとの問いに戻ろう。

 土地に縛り付けられ、領主に従属していた農奴は分与地だけでなく、直営地も耕して賦役=労働地代を納めていたが、賦役はだんだん行われなくなってお金で納めるようになっていた。そして直営地は領主が雇った農業労働者が主に耕しており、農業労働者はペストによる人口減少で賃金が高騰したため、領主はもう直営地から労働地代を取るやり方をやめて、農民に土地を貸し出してそのレンタル料を取る方式に変更した。こうして、領主への人格的な隷属を前提にした農奴制は壊れていき、「契約」に近い関係に変わっていくことになる。そして農民は富を蓄えていく者が現れるようになり、他方で土地さえも失ってしまう自由な「労働者」も現れる。

 

 志位和夫の言ったことがようやくわかるようになる。再掲する。

ペストは、ヨーロッパ社会に大きな影響をあたえました。当時のヨーロッパは、農奴制のもとで貨幣経済が徐々に進行し、農奴がしだいに領主に対する人格的な隷属から解放されて小作人や自由農民になる過程にありました。そこに猛烈なペストが襲来し、農村人口が激減しました。極端な労働力不足が発生し、農業労働者の地位が向上し、その賃金の高騰が生じました。農奴の自由農民化が進行し、14世紀末には農奴制の崩壊が進み、やがて完全に崩壊するにいたりました。こうしてヨーロッパの農奴制は没落し、中世は終わりをつげ、資本主義の扉を開くことにつながっていったのであります。

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-17/2020071707_01_0.html

 「だからなんだ」って言われても困りますが。

山本太郎『感染症と文明 共生への道』

 新型コロナウイルスが広がって被害を及ぼしているから、こんなウイルス滅ぼしてしまえばええやん、と思う。ほら、天然痘とかポリオみたいにさ。

 しかし、そうでもないらしい。

 あるウイルスが消えた後のポジション(生態学的地位)を埋めるように、新たなウイルスが出現する可能性がある。(本書では結核の増加がハンセン病を抑制した可能性について述べている。)

 あるウイルスを排除してもそこを狙って同じようなウイルスがまたやってくる。ひょっとしたら前のウイルスにはある程度の戦い方があったかもしれないのに、新しいウイルスには人類は滅んでしまいかねないような強さがあるかもしれない。誰にもわからない。

 ウイルスをやっつけるのではなくうまく共存してしまえば、そのポジションには新たなウイルスがやってこない(かもしれない)。そのウイルスが防波堤になる。

 成人T細胞白血病ウイルスは感染者のうち100人に5人の割合で白血病を発症させるのだという。その平均潜伏期間は50〜60年。

 しかしそれが100年になればどうか。

 基本的にずっと「潜伏」していることになる。つまり感染しているだけで発症しないのだ。それによって、そのポジションに関しては他のウイルスに対する防波堤となり、人間を守ってくれていることになる。

 『感染症と文明 共生への道』(岩波新書)の著者である山本太郎は、歴史家・マクニールが使った例を紹介する。

 

感染症と文明 共生への道 (岩波新書)

感染症と文明 共生への道 (岩波新書)

 

 

 ミシシッピ川の洪水を食い止めるために堤防を作ったが、洪水がなくなったせいで川底に泥がたまり、堤防はますます高くなっていく。この高さはまさか地上100mってことにはならないからいずれ破綻をきたす。その被害は「例年の洪水など及びもつかないような、途方もない」(本書KindleNo.1873)ものになる可能性がある。マクニールはこれを「大惨事(カタストロフ)の保全」と呼んだ。

 

同様に、感染症のない社会を作ろうとする努力は、努力すればするほど、破滅的な悲劇の幕開けを準備することになるのかもしれない。大惨事を保全しないためには、「共生」の考え方が必要になる。重要なことは、いつの時点においても、達成された適応は、決して「心地よいとはいえない」妥協の産物で、どんな適応も完全で最終的なものでありえないということを理解することだろう。心地よい適応は、次の悲劇の始まりに過ぎないのだから。(『感染症と文明』Kindle No.1844-1848)

 

 つまり、長い時間をかけての共生をめざすとなると、その間に、短期のスパンで払われる犠牲をどうするのかという問題を解決しなければならなくなる。短期の犠牲を排除しようとして、「根絶」してしまうと、もっと大きなカタストロフがやってくる可能性がある。

 

 山本は「こうした問題に対処するための処方箋を、今の私は持っていない」とする。

どちらか一方が正解だとは思えない。適応に完全なものがないように、共生もおそらくは「心地よいとはいえない」妥協の産物として、模索されなくてはならないものなのかもしれない。(山本本書KindleNo.1858-1860)

 

 繰り返し出てくる「『心地よいとはいえない』妥協の産物」というイメージ。

 つまり、完全に安心してスッキリする状況というのはない、というのである。

 山本がここで話しているのはウイルスが感染して人の一生という期間程度に潜伏し続けるようなケースなのだが、こうしたケース以外にも、ウイルスとの付き合い方で言えば、単純に排除したり撃退したりするということが社会にとって必ずしも最適なやり方ではない、ということに拡大して言えるのだと思う。

 だから、新型コロナウイルスについても、人類の多くが獲得免疫をもって終了するのか、ワクチンや治療薬が開発して毎年その対策に追われるようになるのか、それともこのウイルスを前提にした社会となり、ソーシャルディスタンスを保ったり、マスクや消毒をしたりするのが、数百年の「常態」になるのか、誰にもわからない。

 しかし、どうなるにしても、短期でのスッキリとした安心は得られず、「『心地よいとはいえない』妥協の産物」となるんじゃなかろうか。

 

 ウイルスが歴史を変えたという話はよく聞いてきたけど、ウイルスとの付き合いは日常的に考えなければならないものであり、ぼくらは絶えずその「共生のためのコスト」を払い続けるのだとは、あまり考えたことはなかった。

レベッカ・ソルニット『説教したがる男たち』

 Zoom読書会でレベッカ・ソルニット『説教したがる男たち』を読んだ。

 

 

 女性を何も知らない無知な存在と見下して説教したがる男性仕草を「マンスプレイニング」というが、その言葉のもとになった文章をおさめたエッセイ集である。本文にも書いてあるが、「マンスプレイニング」という言葉自体はレベッカ・ソルニットの考案ではないが、そのもとになるエピソードと発想は全てソルニットのものである。ソルニットは厳密にそこを分けている。(それを読んで、上西充子が「ご飯論法」という問題の抽出を行なったのは自分だが、命名は紙屋である、とわざわざ厳密に分けたことを思い出した。)

 

 レベッカ・ソルニットの『災害ユートピア』については以前感想を書いた。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 

 『説教したがる男たち』は次のような9つのエッセイ・小論から成っている。

  1. 説教したがる男たち
  2. 長すぎる戦い
  3. 豪奢なスイートルームで衝突する世界
  4. 脅威を称えて
  5. グランドマザー・スパイダー
  6. ウルフの闇
  7. 変態に囲まれたカサンドラ
  8. #女はみんなそう
  9. パンドラの箱と自警団

 

1章・2章・3章・5章

 ぼく流のまとめであるが、1章・2章・3章・5章が一つのまとまりである。

 女を見下して偉そうに解説したがるという男性の話から入っていて、ここでは、男は女をコントロールする権利があるとされ、女はコントロールされるだけの存在であり、何かをいうべき権利を持たない存在、取るに足りない存在、言っていることに信頼が置かれない存在として扱われている。

 そのような女の扱いは、最終的に暴力や殺人にまで発展する。

 そして、男による性暴力は実にありふれている。

 取るに足りない者をコントロールしようとするやり方は、植民地主義、南北格差、IMFによる支配と相似形である。

 女性は「取るに足りない者」として歴史上その存在を消されてきた。また、同じように軍政でも「取るに足りない者」としてその存在を消されてきた人たちがいる。

 

6章

 ヴァージニア・ウルフについての批評だ。

 そしてスーザン・ソンタグ。ウルフ、ソンタグ、そして自分をつないでいる。

 はじめ読んだ時、なぜこの一文がこのエッセイ集に入っているのかよくわからなかった。しかし、よく読むとこれは、この本の主題とも関係している。

 ここでのテーマはアイディンティを強化することに反対するだ。例えば「女とはこういうもの」という決めつけを、ソンタグの「解釈」論に結びつける。ソンタグの有名『反解釈』の次の一文である。

解釈とは世界に対する知性の復讐である。解釈するとは対象を貧困化させること、世界を萎縮させることである。そしてその目的は、さまざまな『意味』によって成り立つ影の世界を打ちたてることだ。世界そのものをこの世界に変ずることだ。(『この世界』だと! あたかもほかにも世界があるかのように。)

 

 なお、ソンタグを引用して、ぼくは過去、次のような一文を書いたことがある。

 

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 ソルニットは見慣れたもの、知っているものに分類して所有してしまおうとする態度に反対する。

 ソルニットにとって、知らないもの=謎=限定されていないもの=変化し成長していくもの=未知のもの=わからないもの=闇=暗い未来=開かれているものなのである。

 批評とはこのような開かれたものであり、無限の対話である、とソルニットは考える。

 ソルニットは、女である、日本人であるなどといった「アイデンティティの強化」ではなく、「アイデンティティを失わせて自由にすること」を求めている。

 

7章と8章

 取るに足りないものの訴えをどうしたら聞かせられるようにできるかという戦略について書いている。物語を書きかえ、物事に名前をつけることだ。苦しみに名前をつけるのである。

 「レイプ・カルチャー」などといった概念を作り出すことで、物語を書き換え、世界を再発見するのである。

 「ご飯論法」という言葉で安倍政権の体質の一つが浮き彫りになったことを思い出す。

 

9章

 思想の革命としてのフェミニズムを扱う。

 フェミニズムとは「女性も人間であるというラジカルな概念」という作家マリー・シアーの言葉を引いている。

 フェミニズムとは「女性として人間らしく生きたい」とする思想と行動であってしかし同時にその障害となるものと断固として戦うものだ。当たり前の生き方をしたい、しかし断固として。それはまさにラジカルな思想である。

 これは、他の社会運動と似ている。コミュニズムであっても、「普通の市民の暮らしがしたい」という要求が出発点にあって、それを実現するために、闘争をするのだから。

 この点、2004年に書いた北原みのり『フェミの嫌われ方』についての自分の書評を思い出した。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 そこの書評でも書いたのだが、「まさに過激思想とは常識を実行することである」「普通であること、平凡であり続けることが、最もラジカルなことなのだ」。

 

声をあげたりできなかったという女性の反省について

 Zoom読書会ではいろんなことが論点になったのだが、3つほどあげておきたい。

 一つは、ある女性参加者の一人が、「読むのがなかなかしんどかった。というのは、自分が受けてきたことが果たして『自分の発言の弱さからくる軽侮』なのか、それとも『女ゆえに見下されている』のか、区別がつかず、結局自分は闘わずに何もしてこなかったのではという自責の念に駆られたから」と述べたことだ。

 ソルニットは第1章で次のように述べている。

女性たちはほぼみな、ふたつの前線で戦っている。ひとつはなにか特定のトピックをめぐる戦いだが、もうひとつはもっとシンプルなものだ。声を上げ、思想を持ち、事実と真実に基づいて語っていることを認めてもらい、価値観を持つ。要は、人間らしく生きるための戦い。かつてよりだいぶましになったが、私が生きているうちにこの戦いが終わることはないだろう。私もまだ戦っている。もちろん自分のために。そしてなにか言いたいことがあって、実際にそれが言える日が来ることを願っているすべての若い女性のために。(本書KindleNo.160-165)

 つまり具体的な課題とともに、その課題の奥底にジェンダー上の問題が潜んでおり、それと格闘したり暴いたりすることに労力を割かねばならなかったのである。

 それは男であるぼくには想像もつかないようなコストである。

 しかも、今でこそそうした問題は可視化され、社会的に大きな問題になっている。

 以前にこの問題をいちいち取り上げて議論し、格闘し、是正させようとしたら、いったいどれほどの労力がかかったことだろうか。

 今ぼくは自分の娘の状況を見て、「学校での勉強のあり方」というものについて、それを改善させるためにきちんと声をあげておきたいという気持ちに駆られている。しかし、いったいどういうルートで言ったらいいのか、行動したらいいのか、見当がつかない。いろんな社会運動をやり学校での各種の要求運動をしてきたぼくでさえ。ぼくは保護者だが、子ども自身ではないから途方に暮れているのである。同志がいないのではないか? 娘の要求と自分の要求は違うのではないか? 担任にもっとよく話を聞くべきではないか? そんなことをしたら忙しい中ただのモンペ扱いになってしまうのではないか? 教育委員会に言うのがいいのか、学校長に言うのがいいのか、担任に言うのがいいのか?……などなどである。

 ジェンダーに関わるものは、さらに苛烈な抑圧が加わっている。

 だから、たとえ声をあげられなかったとしても、それはある意味で仕方のないことではないかと思うのである。

 

ソルニットの、あるいはフェミニストの議論の仕方が乱暴ではないかと感じること

 二つ目は、「ソルニットの意見は、IMFの専務理事のレイプ事件からIMFの支配体質に比喩を飛躍させたりするなど、乱暴な議論だ」という意見がこれも女性参加者から出た。そして一見それと全然別な意見なのだが、「ソルニットがここで紹介しているように、『そんな男ばかりじゃない』『ぼくは男だけど性暴力などとは関係ない』と居心地の悪さを逃れようとして言い訳するのに私もよく出会って、それを聞くたびにイライライした。どうして共感してくれないのだろうかと」と言う別の女性参加者の意見。

 ぼくは、フェミニズム的な議論の仕方に初めて出会ったのは大学生の時だった。その時「男は…」というくくりにして女性の抑圧を論じる姿に戸惑いというか、反感を覚えた。まさに「どうして全ての男のくくりで議論するのか」「そんな男ばかりじゃない」という苛立ちを覚えたのである。ソルニットも同じだが、どうしてこんなアグレッシブな物言いをするのか、と今回読んでみてその苛立ちを思い出した。IMFや南北の支配の問題に話を広げてしまうのも、確かにそれ自体としてみれば乱暴な論の運びだとは感じた。

 だけど、まず、女性の側は、いちいち男性やら他の人やらに配慮して、いろんな留保をつけて厳密に話さなければならないのだろうか、という思いもわかる。不安だった、とか、不満だった、ということをまずストレートに爆発させてはいけないのだろうか、と。それはアリだ。もちろん、その主張が広がるためには、より厳密で丁寧な言論に変えていかねばならないとは思うんだけど、まずはそう表明するのもわかるのである。*1

 次に、ソルニットが言いたいことは、個別のあれこれのことではなく、いろんな事件やケースの根底には、客観的なジェンダーの構造の問題が潜んでいるという、大きな話ではないのか、ということだ。

 たとえば、ぼくらは個々の会社で働いている時、「やりがい」を感じたり「喜び」を感じたりする。あるいは経営陣がすごくいい人だったりする。だけど、だからといって現代の賃労働の根底に資本による搾取という構造がないということではない。個別の労働の現場で感じていることと、その奥底にどういう構造が潜んでいるのかを指摘するのとは別の問題である。

 本書の帯に殺人の90%は男性である事実の指摘があるが、男性がある種の暴力性を抱えていてそれがジェンダーに起因しているという指摘はやはり聞くべきものがある。

 

いわゆる「生産性」問題

 三つ目は、ちょっと本書から外れてしまった議論になったのだが、「生産性」の問題――すなわち子どもを産む・産まないは個人の選択であり、そこに介入してはいけないという問題と、少子化を克服するための社会政策を取る問題との関係が議論になった。

 要は、少子化克服ということを意識した政策をとる以上、「産めよ増やせよ」というメッセージを送ることになるのではないのか、ということだ。左翼陣営でさえ、「少子化克服のための社会政策を取ることを是認している。それは違和感がある」とある女性参加者が述べたのだ。

 その女性の参加者は「私は社会の維持とか、少子化克服などということはどうでもいいことだと思います」と発言した。

 ぼくは、AIや移民などに一定頼るにしても、社会を維持するために少子化を克服するインセンティブを意識した政策は取らざるを得ないと考える。それはよく言われるように、子どもを産んだり育てたりすることがなんのストレスもなく、そうしたいと心から思える環境を整えることが大事で、個人の選択に微塵も介入してはならない……というのが建前である。

 しかし、今は過渡期で、この二つの原則がうまく両立していない。というか、両者の間に厳密な仕切りが必要なのだが、前時代の政治家や有識者、そして市井の人々がつい「産め」という圧力をかけることで少子化克服をやらせようとしてしまうのである。それは社会の随所で起きている。

 別の女性参加者は、「徹底して個人の選択を尊重して子育てしやすいことを追求するだけでいいはずで、少子化克服という原則・政策を立てる必要はない」とも発言した。

 

良い批評とは何か

 議論にはならなかったことだが、ヴァージニア・ウルフと批評について書かれたところでは、「よい批評」とはどういうものかを改めて考えた。

  作品は作者のものだと思われがちであるが、ぼくは作品は社会に投げられた段階で、社会全体のものであるから、もはや社会のものなのであると考える。

 もっと言えば、その解釈権はもはや作者が独占していない。

 作者すら思いもつかなった作品像を示していくのが批評の役割である。

 その意味で、ソルニットの次の批評論は重要である。

卓越した批評とは、芸術作品を解放し、さまざまな角度からの解釈を可能にし、新鮮さを保ちつつ、作品との終わることのない対話にいそしみ、想像力を豊かにしてくれるものだ。解釈に抗うのではなく、閉じてしまうこと、作品の真髄を殺してしまうことに抗う。そのような批評は、それ自体が偉大な作品だ(本書KindleNo.1229-1232)

 

最悪の批評は、最後の一撃を加えて私たちほかの読み手を沈黙させてしまう。逆に最良の批評は、終わりなど必要ない対話へと開かれている。(本書KindleNo.1237-1238)

 

  だからこそ、ソルニットにとって、わからないもの・謎は変化するものであり、開かれたものだという確信がある。だからウルフの「未来は暗い。思うにそれが、未来にとって最良の形なのだ」という言葉を彼女は愛するのである。

 しかし、

「未来は暗い。思うにそれが、未来にとって最良の形なのだ」。それは驚くべき宣言だった。いつわりの直観や、暗澹たる政治とイデオロギーの物語の投影によって、不可知のものを知っているふりをする必要はない、という主張だ。「思うに」という一節にあらわれているように、その言葉は闇を祝福し、自らの主張の不確かさすら認めることを厭わなかった。(本書KindleNo.1023-1027)

 

 ぼくは「未来は暗い。思うにそれが、未来にとって最良の形なのだ」などと最初、ソルニットは訳がわからないことを言っているとしか思えなかった。しかし、未知のものに対して自由で開かれている精神を保つということでありそれが批評的精神でもあるということを考えればそれは得心がいった。

 加藤周一平凡社の『世界大百科事典』で「批評」の項を執筆しているのだが、彼は

ヨーロッパ語では、批評という語の形容詞(たとえばフランス語のクリティークcritique)は、名詞と同じ意味のほかに、〈危機的〉という意味に用いられることが多い。……批評の機能と〈危機的〉との間には事実上の関係がなくもない。……批評精神は、特定の価値の体系が危機に臨んだときに活動的となるから、批評精神の敵視とは、危機的時代の歴史であるということができる。(前掲書25、p.517)

と、一見こじつけのようなことを書いて、ルネサンス、市民革命、そしてマルクス・エンゲルスまで紹介している。これはソルニットが紹介したウルフの「未来は暗い。思うにそれが、未来にとって最良の形なのだ」という一文の批評精神に通じている。

*1:以前ぼくは、「宇崎ちゃん」ポスター事件である女性弁護士のツイートが雑すぎて、それでは伝わらないと批判したことはある。

渡辺ペコ『1122』7

 渡辺ペコ『1122』が終わった。

 

1122(7) (モーニングコミックス)

1122(7) (モーニングコミックス)

 

 

 続きを心待ちにしていた作品の一つであった。

 

 本作は、子どもを持たず、セックスレスになった夫婦を描いている。夫は妻公認の不倫をスタートさせ、妻は途中からセックスをする相手を求めて風俗を利用する。

 この作品について感じていた問題意識、期待、そうしたものは、だいたい以下の記事で書いてしまっている。そして、作品が終わった今となってこの作品観はそうズレてはいなかったとぼくの中で総括している。

 

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 ぼくとしてはセックスレスの解決を公認不倫や風俗などに見いだすのか、というのが大きな注目点だったのだが、作品はもっと大きな「夫婦とは何か」「なぜ夫婦を維持しようと思うのか」ということへ進んでいった。

 

(ネタバレが以下にあります)

 

 

 この作品が出した結論は、要するに夫婦というものは「いっしょに生きていきたい」という気持ちなのだ、ということである。

 それがあれば法律婚であろうが事実婚であろうが関係ないし、たとえ離婚という法律的意思表示をしたからといって「それがどうした」ということなのだ。

 さらに、公認不倫であろうがフーゾクの利用であろうが、それすらも関係がない。ただし、不倫相手や風俗で出会った相手と「これから一緒に生きていく」という選択をしてしまうと、それは夫婦を本質的な危機に陥れてしまう。逆に言えば、あくまでセックスを生きかたの選択から切り離して、「ただのセフレ」「ただのセックスワーカー」としてしまうなら、そういうものを利用することもアリだというのが、本作の思想である。(ただしそれは条件がある。後述する。)

 不倫相手の美月と再会して本当に別れを告げるシーンで、二人が自分たちの関係を回顧する。たとえば美月はおとやに対して次ような「おとや観」をのべる。

 

おとやさんは

ずっと一貫してるよね

〔…中略…〕

ベースが夫婦にあるところ

〔…中略…〕

不倫の始まりも終わりもそこだし

おとやさんずっと奥さんのこと

大事にして信頼していたと思うよ

不倫自体もそのためだったでしょ

それがどうしても許せなくて

わたし他人なのに

  「えっ、不倫しているのに、『おとやさんずっと奥さんのこと 大事にして信頼していたと思うよ』ってなに?」「奥さんを大事にするために不倫を始めたって、頭わいてんのか」——本作を読んでいない人は「ちょっと何いってるかわからない状態」だと思うけど、まさにこのとおりなのである。

 そして、美月がおとやを自分の一生の中にいる風景にさせたい、つまり「一緒に生きたい」と欲望し、それが叶わないと思った瞬間に関係は暴力的に破綻した。

 礼に「一緒に」と誘われた時、いちこは考える。

 

刹那の高揚とときめきと

なしくずしのセックスが

一時の逃避にはなっても

問題の解決には役立たないことを

わたしはもう

知っている

 

 夫婦を維持するということは「一緒に生きていたい」と思うかどうかが本質であるとすれば、たとえセフレをつくってセックスレスを一時的に解消したとしても、本当にそれで夫婦の危機が解決されているんですか? という問いになって返ってくるということだ。

 逆に言えば、セフレやフーゾクを利用すること自体は問題がない。*1だけどもそのとき実は「自分の配偶者とはもうやっていけないな(一緒に生きていかなくてもいいな)」と思っているんじゃないですか、という問いが返されているのである。

 

 セフレやフーゾクの利用ということにもう少しフォーカスをあててみる。

 前のぼくの記事で紹介した村瀬幸浩の次のテーゼがここにもある。

性は性器だけの問題ではない。生きる「生」と重なりあっているわけですから“一緒に生きているのが楽しい”という気持ちがなかったら、セックスもうまくいくことがだんだんむずかしくなるんです。

 これを裏返せば、「性器だけの性」としてセフレやフーゾクを切り離せばそれらを利用することは可能だ。

  自分のパートナーと「一緒に生きていく」ということを考えてそれらを利用するというのは第一に、それは当然パートナーとよく話し合った上での「公認」のものでなければならない。相手がそういうことはしないという信頼をしていてそれを裏切るような事態になれば常識的に考えて、「一緒に生きていく」ことなどできないはずだからである。

 第二に、たとえばセフレとの関係が「割り切った関係」、ニュートラルなセックスで終わる保証などどこにもない。本作の美月のように、壊れかけた家庭を清算して「この人と一緒に生きていきたい」という欲望を抱いてしまう関係に変質するのは容易にあることだ。それはまあフーゾクでも同じだ。人間のやることだから、始まりは気持ちに色がついていなくても、次第に変わってしまう可能性はある。そういう「リスク」を伴っている。そのことはあらかじめ承知しておかねばならないのだ。別の言い方をすれば、不倫やフーゾクはそれが「反モラル」だから問題なのではなく、夫婦の本質を侵し、関係を危機に陥れるから「問題」になる可能性があるのだ(それ自体が最初から「問題」として存在するのではない)。

 このテーゼに基づいてセフレやフーゾクの利用を「割り切ったものだからいいんでしょ?」と簡単に始めるかもしれないけど、これらはどう変化・発展していくかわからないところがあるので、その危険さをよく知って利用してくださいね、ということなのである。

 

 1巻でいちこの友人が、おとやと美月の公認不倫について述べる。

 

でもさ彼らの恋愛を

いちこがドライブできるわけじゃないからね

 

 そして、それは本人たちにとってもある意味そうなのである。

 

 だから、本作の思想は、夫婦の本質はあくまで「一緒に生きていきたい」と思えるかどうかであって、そのために、セフレでもフーゾクでも利用すればいいが、本当にその本質を破壊していないかどうかそこに立ち返るべきだということになる。

 こまけえことはいいんだよ。

 「一緒に生きていきたい」と思う気持ちがあるかどうかだ。

 たとえば、いちこの母が孤独死したことによって、いちこは「しばらく独りで生きたい」と思う気持ちを覆すことになる。母の葬儀を終えて気丈におとやを見送ったはずのいちこが、その後ろ姿を見ながら涙をこぼしてしまうシーンに本当に胸が詰まる。おとやんと一緒にいたいんだな、という気持ちが読むものに伝わる。

 これは読みようによっては「結婚していないと孤独死する」という事実に脅されたように見える。いや、いちこの母は結婚もして子どもいたけど孤独死したのであり、このような感情は論理的には明らかにおかしいが。

 しかし、仮にそうだったとしてもいいじゃないか。

 とにもかくにも、いちこは母の死んだ後を片付けるうちに、「おとやんと一緒にいたい」という感情を強烈に蘇らせたのだ。どんな理由があったって、そういう感情がコアにできてしまえば、夫婦という本質を回復したと言える。

 

 ぼくが問題意識に感じていた「一夫一婦制が抱えるセックスレスの問題」に本作なりの結論を出したと感じられ、それは説得的なものだったという大きな満足を得ることができた。

 この作品を討議資料として使うことをお勧めしたい(何の…?)。

*1:「フーゾクは性的搾取の形態ではないか」という批判については、ここでは、とりあえずおいておく。