『花と龍』に出てくる港湾労働者
選挙に出た時、ある推薦者の方がメールで自分の親の出身が福岡(若松)だと知らせてくれ、その中で火野葦平の小説『花と龍』を紹介していた。
ぼくは『花と龍』は知っていたが、実際に小説を読んだことはなかったので、選挙の最中に小説を買って読んでみた。今読んでも面白い。
主人公の玉井金五郎は、大正から昭和にかけて活躍した実在の人物(作者・火野葦平の父親)で、沖仲仕を取りまとめる下請けのリーダー(小頭)だ。荷主の積み込み・積み降ろしを、他の組と喧嘩のようにして争ってやるシーンが出てきて、それが小説の一つの「華」である。
しかし、他方で、金五郎が、「組合」を結成して、現場の労働者として荷主に共同して対抗しようとする話が出てくる。
「そうなんですよ。もう、その兆候が、出とるんです。現に、四五日前も、聯合組に来る筈じゃった三菱の玄洋丸の荷物炭が、八百トンも、共働組に持って行かれました。大体、働く立場の者が、仕事の奪いあいをして競争するなんて、まちがっていますよ。今でさえ安い賃銀を、また安うしたりして、結局、資本家をよろこばすだけのことです。わたしは、これまで、沖仲仕をして来て、どうして、こんなに、みんなが汗水たらして働いとるのに、生活(くらし)が楽にならんのかと、不思議でたまらなかったんです。それというのが、おたがいが馬鹿な競争をするからですよ。そのために、どうしても、組合をこしらえなくちゃならんと、思うようになりました。ところが、友田喜造の一派だけ、なんとしても、入りません」
「困ったもんじゃのう」(火野葦平『花と龍 上巻』響林社文庫、p.291)
そして、それを牽制・抑圧する動きがあることも描かれる。
「ときに、玉井君」
「はあ」
「君は、小頭の組合を作る運動を、しよるちゅう話を聞いたが、ほんとな?」
「ぜひ、作りたいと思いまして……」
「ぜひ?……ぜひ、ということはないじゃろう。この間から、君に逢うたら、いっぺん、いおうと思うとったんじゃが、……どうも君の考えは、間違うとるようにある。この若松というところは、石炭あっての港、石炭あっての町、ちゅうぐらいのことは、君に説明するまでもないが、その石炭は、三菱とか、三井とか、貝島とか、麻生とか、そういう荷主さんのおかげで、食わせて貰うとるいうても、ええ。こうやって、一杯の酒の飲めるのも、そのおかげじゃ。……玉井君、そうじゃろうが?」
「おっしゃるとおりです」
「そしたら、われわれの恩人の、そのお得意さんを、大切にせんならんことも、当たりまえじゃないか。違うか?」
「違いません」
「そうすると、玉井君、君の組合を作る運動ちゅうのは、お得意さんに、弓を引くことになりゃせんか?」
「いいえ、弓を引くというわけでは、決してありません。それは、荷主さんあっての私たちということは、充分、承知して居ります。けれども、現場で、下働きをしている仲仕さんたちの生活があんまりみじめで、こんなに貧乏なのは、やっぱり、どこかに、無理がある、それは……」
「どこに、無理がある?」
「一口に、思うようにいえませんけど、結局、賃銀が安すぎると思いますのです。荷主さんと、働く者とは、持ちつ持たれつ、なるほど荷主さんあってはじめての私たちですけれど、これを逆に申しましたら、やっぱり、働く者あっての荷主さんでありますし、荷主さんだけが肥え太って、働く者が、いつもぴいぴいで痩せとるというのは、正しいこととは思われません。それで、組合を作って……」
「荷主さんへ、喧嘩をふっかけるというのか?」
「そんな風に、いわれますと、困りますのですが……」
「どんな風にいうたって、同じじゃないか。どうも、君はおかしいなあ。それは危険思想ちゅうもんじゃよ。君は、社会主義者と違うか?」
「とんでもない。私は、ただ、仲仕の立場として、実際の問題を考えているだけです」
「君が組合を作るちゅうのを、おれが止めるわけにもいかんが、おれの共働組だけは、そんな義理知らずの組合なんかには、絶対、入らせんから、そのつもりで居ってくれ」(火野前掲書p.309-311)
「産業別」ということ
そんな話を読んだ直後であるこの頃のこと、首都圏青年ユニオンから「ニュースレター」214号(2019年2月24日付)が届いた。
その中に港湾労働者のストライキの話が出てくる。
一般のネットニュースを読んでもこのストライキの理由はよくわからない。
防衛省や依頼を受けた港運業者が沖縄港運協会に事前協議の申請をしないまま、2日に中城湾港で自衛隊車両約200台の積み込みや積み降ろしをしたとして、沖縄地区港湾労働組合協議会は4日から無期限の抗議ストライキに入ることを明らかにした。「事前協議制度の崩壊を招く事態。港湾運送秩序の維持ができなくなる」と話している。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/380589
しかし、「ニュースレター」の記事では、「事前協議」とはどういうことか、「産業別」に交渉するとはどういうことかがちゃんと書かれている。
まず「産業別」についてだが、企業ごとに運動するのではなく、業界団体全体(沖縄港運協会)と、労働者全体の代表である港湾労働組合が交渉を行うのである。
なぜこのような手順を踏むのでしょうか? それは、もし業者の自由選定が横行すれば、荷物の輸送を依頼する荷主たちは自分勝手に輸送料金の安い業者を選び、業界は輸送料金の引き下げ競争に巻き込まれるからです。そして何より事業者の価格競争の負の影響を受けるのは港の労働者です。より低い賃金で、より少ない人数で、より長い時間、より危ない荷物を運んでいく。そんな光景が事実1960年代まで港湾産業では日常になっていました。(同レターp.9)
まさに『花と龍』の世界である。そして、それは今日の運送業界全体、あるいは労働者全体の世界の縮図でもある。
そして「事前協議」。
これについて、マスコミの記事を読んでもよくわからないし、SNS上ではいろんなことを呟く人がいる。
togetter.com
知らないのだから、こう言ってしまうのも仕方のないことかもしれない。
そこで、この記事ですよ。
まずこの聞きなれない事前協議とは何でしょうか? これは、港湾産業(港で積み下ろしを担う輸送業)に置いて産業別の労働協約で締結された労使交渉の仕組みです。そこでは「輸送体制並びに荷役手段の形態変化に伴い、港湾労働者の雇用と就労に影響を及ぼす事項については、あらかじめ協議する」ことが約束されています。今回の問題でいえば、防衛相が依頼した荷物は通常の定期便とは別に“臨時的”に大分県中津港から沖縄県中城港に輸送が計画されたものです。加えて荷物は装甲車やジープなどの軍事車両という特殊なものでした。事前協議では、こうした臨時も含めて新規に貨物輸送の航路が計画された場合に、荷物を積み下ろす業者を港湾の労使で事前に選定し、特殊な荷物であれば輸送の安全性について事前に話し合いをした上で輸送が実行されます。(同前レター)
レターの記事(「コラム すっちーの部屋」)が「今回のストライキ行動は、輸送を担う労働者に目を向ければ業者間の競争防止と安全管理という働く人にとって深刻な問題を提起していると思います」と末尾で書いていることはまことに当を得ている。
すべての産業・分野でできるとは思わないけど、やはりこういう産業別の交渉ができれば働く人たちはかなりラクになるんじゃなかろうか。
前にも同労組の「ニュースレター」は面白いと繰り返し書いてきたが、今号は特にどのページもよかった。いいところをちょっと紹介。
ブラック美容室エマージュ(p.2)
ほぼすべての美容師を「業務委託」で働かせているという事実。実際には厳しい時間拘束・シフト管理があるというのに。そして、契約期間に契約解除しておきながら、契約期間中に働かなかったという理由で100万円以上の損害賠償請求。あきれるわ。
美容師・理容師ユニオンと技能形成(p.3)
美容師はアシスタントを経て一人前=スタイリストになるが、この下積みともいうべきアシスタントの養成をコストとして回避しようとする店が増えているとのこと。エマージュは他の美容室でのスタイリストの技能を獲得した美容師を雇うのだという。
ここでも業界全体をただす産業別の交渉が必要になる。
小田原電鉄団体交渉(p.4)
学生アルバイトのユニオンによる交渉。制服を着替える準備時間に賃金を払えという要求に対して「制服は家で着替えてくれば良いもので、制服を現場で着ることを強要したことはない」という、のけぞる回答。
【争議紹介】大塚ウェルネスベンディング事件(p.5)
大塚製薬の完全子会社。パワハラの危険を感じたBさんに対し録音機の所持を禁止と通告。こんなことをやられたらパワハラは証明できん。しかし、今後こういう会社増えてくるんじゃないかなあ。
あと「業務指導改善書」というBさんへの些細なミスへの注意(事実と異なることや注意対象とも思えないことも含む)を何度も交付していること。解雇する根拠を積み上げているだけではないのか。
【争議報告】ヤマト運輸(p.6)
告発した労働者を翌日に「雇止め」。一見、雇止めできる契約の人ならしょうがないのかなと思ってしまうけど、「翌日」というのがひどい。「そもそも休憩が取れないほど人手不足であるため『今後人員を補充していく』と団体交渉で言いながら、Hさんを雇止めにするというのは不可解です。明らかに、Hさんが団体交渉を行ったことを理由とした雇止めです」というのは全くその通りである。
すべての少女に衣食住と関係性を【前編】(p.7)
家庭や学校に居場所がない10代少女たちが、買春や性風俗産業、性暴力にさらされかねないという問題。前に『最貧困女子』の書評でも書いたことだけど、警察の補導では少女たちの気持ちに寄り添えない話が出てくる。
「何も干渉されない、しかし安全な居場所」というものがNPOのような形で運営できるといいんだが……。
馬塲亮治(ばばりょうじ)社労士事件(p.8)
ある団体交渉の席でのユニオンの態度に対して会社側の社労士が訴訟を起こした事件。社労士側が、訴えのもとになった団交を第1回ではなく第2回目の団交だったと修正をかけたり、いまだに何をもって名誉毀損になったのか、士業へのどういう支障をきたしたのか明確にできなかったりと、興味深い。裁判長から社労士側が苦言を呈される場面もあったという。
ユニオンナビ(p.10)
首都圏青年ユニオンに寄せられるのは「法律の基準以下で働き(働かされ)『被害にあった』という深刻な相談が多い」。2017年度は25件の案件を解決し、そのうち団体交渉で24件解決している。裁判に至らないのである。
労働組合というツールを使うことがいかに役にたつかがわかる。
もうすぐ統一地方選挙だけど、ブラック企業根絶条例というものを作るとすればぼくはその中身は現行法の完全遵守ということになるんじゃないかと思う。法律通りやらせるだけで生活はずいぶん違う。